━━━━☆☆☆☆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ by paritosho ━
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☆☆ ☆☆ 『アセンション館通信』vol.156 2007/04/01(第156号)
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☆☆ ☆★ 【気刊】 ――「私は在る」に導かれ♪――
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☆☆ ☆☆ https://www.ascensionkan.com/
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◇◇ このメルマガの趣旨 ◇◇
このメルマガはアセンション館主人 pari と称するある「個人」に自己同化し
た観照者が覗き見た風景の報告です。(←なんちゃって。(*^_^*))
マインドを超えていくにはマインドを使ってマインドを知るのが最善の準備だ、
という言葉を信じた仮現の現象世界に興味を失うための努力です。^^;
内容は人畜無害、でもこんな理屈を読む人は相当変わってます。現在815名
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◇◇ もくじ ◇◇
1.意味の微分と積分
2.「生活資金環流システム」構築の試み:「生活物語」篇(その1)
3.写経ニサルガダッタ:【24 神はすべてを為す者、ジニャーニは無為の人】
4.編集後記:すべてが自分の中の独り言のような気がして
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■ 1.意味の微分と積分
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花曇りとでもいうんでしょうか……。
暑くもなく、寒くもない……。
目の前に広がっているのはとても曖昧な静止画です。
春霞に覆われて薄いベールがかかったような空間でもなく、かといって台風の
後のあの張りつめたような透明性でもありません。
いかにも普通の顔をした隠里のたたずまい。
庭の正面にわずかに綻び始めた黄色の点はレンギョウです。
その向こう下の方に白い点を付けているのは花モモです。
いま遠くの方を鳥が一羽、画面を横切って移動していっただけで、また視界の
なかに動くものはなにもありません。
これからこの辺りではいちばん美しい季節がやってきます。
いま、少し日差しが出てきた。
明るく照らされると、鹿とイノシシのせいですっかり見る影もない庭の地面が
現れるんですけどね。
でも、形も思いもわたしではありません。
わたしを満たす調度であり、感傷ですから……。(-_-;)
(*^_^*)
ね、決まってるでしょ。(^_-)
ときどき、こんなふうに気取ってみるのって素敵ですね。
というわけで、またまた一週間が過ぎて、楽しい“アセンション噺”ならぬ、
“「私は在る」噺”にお付き合いいただく時間がやってまいりました。
『アセンション館通信』配達人の pari です。(^^)/
みなさま固有の「私は在る」の中で、いかがお過ごしでしょうか?
形が動かざるをえないように、思いもいろいろ動くものですね。
構造的に深まったり……、またその構造全体を平板に見せる視点が現れたり。
波のように動いています。
あるいは、むしろ、子供が粘土をこねるみたいなものと言うべきか……。
ある形を思いついて、その形を造形していきます。
団子だった粘土から、ある構造体が現れてくる。
意識の焦点が赴くところにしたがって、細部がどんどん緻密になってくる。
一定のレベルができあがってみると、もうそのレベルではその形を動かすこと
はできないようにも見える。
それを、“作品”とか“思想”とか“世界観”などと称して、どこかの棚の上
に飾っておくこともできます。
どこかの土産物屋さんが目をつけて、そこの棚に置いてくれるかもしれません。
あるいは、もっと高級になって、どこかのミュージアムが高額で引き取ってく
れて、隣国の記念行事に貸し出すほどの栄誉を与えてくれるかもしれません。
でも、それは老化現象を起こし、自由に動き流れることを拒否したくなって、
何かの形に執着したくなった病的な“大人のマインド”が考え出すこと。
粘土遊びをしている子供なら、かならずまた粘土をこね直します。
自分が創った美しさ、深さ、壮麗さのすべてを刺し貫いて、その全体をふたた
びひとつの平板さとして積分できる<全知>を維持しているからです。
いや、もっと単純に、自分が創ったもともと何の意味もない形よりも、粘土そ
のものの可塑性、遊び道具としての可能性の方が面白いからだ、と言った方が
いいかもしれませんが。^^;
意味は、あると言えばある。
「意味」を創造するのは“こだわり”ですから。執着ですから。
“こだわり”はいいものです。(*^_^*) (←あ、ずるい! (^_-) )
昔、「違いがわかる男」というインスタント・コーヒーのコマーシャルがあり
ました。
インスタント・コーヒーのなかにすら、“違い”を生みだすことはできるわけ
です。
お陰で、それ以来、インスタント・コーヒーはどんどん美味しくなりました。
(たぶん……、と、推測します。^^; )
つまり、“おいしい”という言葉の「意味」を、どんどん実体化していくこと
が可能になるわけです。
インスタント・コーヒーの味のなかにすら、どんどん微妙な味の違い、ニュア
ンスの差を生みだし、それを識別し、そこに「意味」を創造していく……。
あ、もし、これを読んでくださっている方の中に、インスタント・コーヒーの
製造販売に関わる方がいたら、ご免なさいね。
悪意は、ぜんぜんありません。^^;;
現象世界のなかでは、万事がそうですから。
要するに、この現象宇宙のなかでは、“こだわり”が、“執着”が、多様性を
生み、「構造」とそれを裏付ける「意味」を実体化し、創造していくんだと思
います。
みんなで一生懸命こだわりましょうね! (^_-)
そうすれば、この現象宇宙は安泰ですから。
あはは。(^^)/
いつだったか、何かの精神世界本で、地球のみなさんがもっとプリミティブだ
ったころは、その人たちを取り囲む風景もいまのように立体的ではなかった、
みたいな話を聞いたことがあるんですよね。(@_@)
え (?_?)、っと、一瞬、意味がわかりませんでした。
それって、どういうこと? って、思うでしょ。
それじゃ、まるで、古代エジプトの平板な壁画は、立体的自然環境をそのよう
に表現できなかった人たちの稚拙な表現なのではなく、その人たちを取り巻い
ていた自然そのものが、学芸会の書き割りみたいな平板な風景だったから、み
たいな話じゃありませんか。
え、まさか、ほんとなの? (@_@)、って思うでしょ。
いくら信じやすいわたしだって、そう何もかも、チャネリング本の言うとおり
に信じるってわけにもいきませんからね。うん。(^-^)
いや、別に威張るほどのことでもないんだけど。^^;
そうかと思えば、また、もし地球のみなさんが全員いっせいに息を止めたら、
地球というみなさんの世界は消失してしまうでしょう、なんて言うんですよね
ぇ。(-_-;)
もう、言いたい放題です。
そりゃ、自分が住んでいるところでなかったら、わたしだってそれくらいのこ
とは言ってやりますよ。
あんたら、その映画の中で、いかにも自分は真剣に生きてますってつもりだろ
うけどな、裏から見たら、あんたらの世界は、ぺらぺらのスクリーンに映っと
るだけのもんやでー、って。(^_-)
他人(ひと)の住んどる世界を、そないに虚仮(コケ)にしよってからに、ほ
んまに、いけ好かんやっちゃ。
(@_@)
……ほしたら、わいがこの世界に住んどらなんだら、どないなんやろ?
ほしてからに、もしも、わいがどこにも住んどらなんだら……。
ほしたら、誰にもコケにされんともいいのとちゃうか。
なにしろ、わいはわいはどこにも住んどらんのやさけ……。
わ、こら、「王将」隠して、将棋指すようなもんやないか。(@_@)
こらいい、こらいいわ! !(^^)!
……そやけど、ほしたらわいはどっから将棋指したら、ええのやろ? (?_?)
うーん。
(-_-;)
わー、いかんいかん、この頭はろくなこと考えへん。/(>_
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■ 2.:「生活資金環流システム」構築の試み:「生活物語」篇(その1)
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これから何回かに分けて、新しい世界へ向けての、経済的実践論を書いてみよ
うかと思います。^^;
題して、
《「生活資金環流システム」構築の試み:「生活物語」篇》
(*^_^*)
ね、もしかすると、ちょっと、いいかもでしょ。(^_-)
というか、どういう展開なのか、ぜんぜん見当がつかないですよね。^^;
いえね、じつはちょっときっかけがあって、あることを思いついたんですよ。
自然に自分の頭がそっちの方へ流れるものだから、時期がそうなんだろうし、
それはそれで、ま、いっか、と思いました。
『アセ通』なんて、いかにもマイナーなメルマガですが、それでも読んでくだ
さっている方には、いろんな方々がいらっしゃると思います。
普段、お金のことなんて全然考えていない、という方々もいらっしゃるかもし
れないし、じつはもう、にっちもさっちも、というような方々もいらっしゃる
かもしれません。
それで、これまで、こういう話題を書くときは、「こういう(=お金の)話題
がお好きでない方は、飛ばしてくださいね」というスタンスで、書いてきまし
た。
ところがですね、今回は、というか今回からは、お金に余裕のある方もない方
も、是非、みなさんに読んでいただけたら、と思っているんです。
というのは、以前から、つまり「経済身体正常化プロジェクト」というような
ことを考えていた頃から、「お金」の問題というのは、貧血気味の細胞と充血
気味の細胞の間に流れを作って、全部を正常細胞にすることなんだよなぁ、と
いう感じを持っていたからです。
「お金」の仕組み自体が、いいものか悪いものかというような議論は、この際、
措いておきます。
われわれ現に「お金」がある世界に生きているんで、「お金の世界」の善悪を
いま語っても、当座の間には合わないので。
もちろん、ニサルガダッタ的な意味では、充分、間に合うわけですけどね。
ただ、それには、こっちの実力が追っつかない。^^;
というわけで、ここで問題にするのは、どうやって、じっさいに“お金が必要
ないリアリティ”を自前のものにして、“お金が必要ない世界”を呼び出すか
です。
平たく言えば、どうやって新しい世界まで生き延びるか、ね。(*^_^*)
いえ、もちろん、“(自分の幻想の世界を)生き延びるか”、ですよ。
……どうも、ニサルガダッタの言葉が反響すると、うるさいね。(>_
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■ 3.写経ニサルガダッタ:
【24 神はすべてを為す者、ジニャーニは無為の人】の(2)
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頭がだいぶ別世界に飛びましたが、ちょっと“元の位置”に戻ります。^^;
舞い上がった分だけは、舞い落ちなければなりませんから。
いつもながら、今日の写経部分はとても論理的です。
じつに、じつに、論理的で、一度これを聴いておけば、いつかは、皮肉骨髄ま
で浸透して行くのではないか、と思われるほどです。
では、【24 神はすべてを為す者、ジニャーニは無為の人】の(2)です。
(いつものことながら、無断引用というよりは、無料宣伝と理解されることを
願っています。(-||-) )
最初に通しで写経するので、その本文だけ読んでいただければいいです。
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質問者 私はただ世界を助けられるようになりたいだけです。
マハラジ
あなたが助けられないと誰が言っただろうか?
助けるとはどういう意味で、何が必要なのかということをあなたが自分で決
めておいて、何をすべきで何ができるのかという必要性と能力の間で自分自
身を葛藤(かっとう)に追いやったのだ。
質問者 しかし、なぜ私たちはそうしてしまうのでしょうか?
マハラジ
あなたのマインドがある構造を投影し、それと自己同一化するからだ。
欲望の本性とは、それを満たすためにマインドが世界をつくり出すよう促す
ことだ。
小さな欲望さえ、長い行動の連鎖を生みだすのだ。
強い欲望ならばどうだろう?
欲望は宇宙をも生みだす。
その力は奇跡的なものだ。
小さなマッチ棒が巨大な森林に火をつけることができるように、欲望も現象
の現れに火をつける。
想像の目的自体が欲望を満たすことなのだ。
欲望は高尚なものかも、卑しいものかもしれない。
空間(アーカーシュ)は中立的なものだ
人はそれを何でも好きなように満たすことができる。
何を望むのか、人はとても注意しなければならない。
そしてあなたが助けたい人々だが、彼らもまた欲望を満たすために、それぞ
れの世界のなかにいる。
彼らの欲望を通して以外、彼らを助けることはできない。
あなたには、彼らが正しい欲望をもつように教えることができるだけだ。
そうすれば彼らは現状を超え、快楽と苦痛の住処(すみか)である欲望の世
界を創造し、再創造しようという衝動から自由になれるかもしれない。
質問者 ショーが終わって人が命を終え、宇宙の終局を迎える日がかならず
訪れます。
マハラジ
眠っていた人がすべてを忘れ、新たな日に目覚めるように、あるいは死んで
から新しい命を授かるように、欲望と恐れの世界も溶解し、消え去る。
しかし、普遍の観照者、至高の真我は眠りも死にもしない。
偉大な心臓の鼓動は永遠に鳴りやまず、あなたの鼓動のたびに新しい宇宙が
誕生するのだ。
質問者 至高の真我には意識があるのでしょうか?
マハラジ
彼はマインドが考えることのできるすべてを超えている。
彼は存在と非存在をも超えている。
彼はすべてに対してイエスであり、ノーである。
内側であり、彼方でもある。
創造し、破壊する想像しがたい実在なのだ。
質問者 神とマハートマはひとつでしょうか?
マハラジ
彼らはひとつだ。
質問者 何らかの違いがあるはずです。
マハラジ
神はすべてを為すものであり、ジニャーニは無為の人だ。
神自身が「私がすべてを為す」と言いはしない。
神にとっては、ものごとはそれ自体の本性にしたがって起こるのだ。
ジニャーニにとっては、すべてが神によって為される。
彼は神と自然との間に何の違いも見ない。
神もジニャーニもともに、彼ら自身が変動の中の不動の中心であり、移り変
わるものの永遠の観照者であることを知っている。
その中心は空なる点であり、観照者は純粋な気づきの点だ。
彼らは、彼ら自身が無であることを知っている。
それゆえ、彼らに抵抗できるものは何ひとつないのだ。
質問者 あなたの個人的な体験では、それはどのように見られ、感じられる
のでしょうか?
マハラジ
無としてあることで、私はすべてなのだ。
すべては私であり、すべては私のものだ。
私の身体が、動かそうと考えるだけで動くように、私が思うだけでものごと
は起こる。
言っておくが、私は何もするわけではない。
ただものごとが起こるのを見るだけだ。
質問者 あなたが起こるように望んでからものごとが起こるのでしょうか?
それともそれらが起こってから、あなたはそう起こることを望まれ
るのでしょうか?
マハラジ
それは両方だ。
私は受け容れ、そして受け容れられるのだ。
私がすべてであり、すべては私なのだ。
世界であるゆえに、私は世界を恐れない。
すべてとしてありながら、何を恐れるというのだろう?
水は水を恐れず、火は火を恐れない。
私は恐れない、なぜなら私は無であり、恐れや危険を体験しようがないから
だ。
私には名前も形もない。
名前と形に固執することが恐れを生むのだ。
私には執着がない。
私は無だ。
そして無は無を恐れない。
反対に、すべてが無を恐れている。
なぜなら、何かが無に触れたとき、それは無となるからだ。
底なしの井戸のように、何であれそこに落ちたものは消え去るのだ。
『I AM THAT 私は在る』(p104-106)
http://tinyurl.com/s747u
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うーむ。
恐ろしいような、気持ちよさそうな……。(-_-;)
しかし、いつもながら、ニサルガダッタは論理的だなぁ。
> 質問者 私はただ世界を助けられるようになりたいだけです。
>
> マハラジ
> あなたが助けられないと誰が言っただろうか?
プ。^^;
> 助けるとはどういう意味で、何が必要なのかということをあなたが自分で決
> めておいて、何をすべきで何ができるのかという必要性と能力の間で自分自
> 身を葛藤(かっとう)に追いやったのだ。
なるほど。
そういうことだったか。
> 質問者 しかし、なぜ私たちはそうしてしまうのでしょうか?
うん。(@_@)O
> マハラジ
> あなたのマインドがある構造を投影し、それと自己同一化するからだ。
そうか……、たしかに。
それは両方とも、かならずしも必要なことじゃなかったんだ。(-_-;)
> 欲望の本性とは、それを満たすためにマインドが世界をつくり出すよう促す
> ことだ。
ガーン!! (*_*)
.: * .: * ☆☆ 彡⌒★?
……そうだったのね。(;_;)
つまり……、理想的ってことじゃない。
> 小さな欲望さえ、長い行動の連鎖を生みだすのだ。
はい、わかります。
> 強い欲望ならばどうだろう?
> 欲望は宇宙をも生みだす。
はい。
> その力は奇跡的なものだ。
ああ……。
> 小さなマッチ棒が巨大な森林に火をつけることができるように、欲望も現象
> の現れに火をつける。
そうか。
> 想像の目的自体が欲望を満たすことなのだ。
(@_@)
そういうことなのか。
……、たしかに。
> 欲望は高尚なものかも、卑しいものかもしれない。
はい。
> 空間(アーカーシュ)は中立的なものだ
> 人はそれを何でも好きなように満たすことができる。
なるほど。(-_-)
> 何を望むのか、人はとても注意しなければならない。
そういうことだ。
> そしてあなたが助けたい人々だが、彼らもまた欲望を満たすために、それぞ
> れの世界のなかにいる。
うん。たしかに。
> 彼らの欲望を通して以外、彼らを助けることはできない。
そうか……。
> あなたには、彼らが正しい欲望をもつように教えることができるだけだ。
わかります。
和田先生も、『欲望の教育』ということをおっしゃっていました。
> そうすれば彼らは現状を超え、快楽と苦痛の住処(すみか)である欲望の世
> 界を創造し、再創造しようという衝動から自由になれるかもしれない。
「快楽と苦痛の住処である欲望の世界」を、
「創造し、再創造しようという衝動から自由になれるかもしれない」 (-_-;)
> 質問者 ショーが終わって人が命を終え、宇宙の終局を迎える日がかならず
> 訪れます。
>
> マハラジ
> 眠っていた人がすべてを忘れ、新たな日に目覚めるように、あるいは死んで
> から新しい命を授かるように、欲望と恐れの世界も溶解し、消え去る。
「欲望と恐れの世界も溶解し、消え去る」
> しかし、普遍の観照者、至高の真我は眠りも死にもしない。
(-_-)
> 偉大な心臓の鼓動は永遠に鳴りやまず、あなたの鼓動のたびに新しい宇宙が
> 誕生するのだ。
「あなたの鼓動のたびに新しい宇宙が誕生するのだ」(-_-)
> 質問者 至高の真我には意識があるのでしょうか?
うん? (@_@)O
> マハラジ
> 彼はマインドが考えることのできるすべてを超えている。
> 彼は存在と非存在をも超えている。
> 彼はすべてに対してイエスであり、ノーである。
> 内側であり、彼方でもある。
> 創造し、破壊する想像しがたい実在なのだ。
(-_-)
> 質問者 神とマハートマはひとつでしょうか?
>
> マハラジ
> 彼らはひとつだ。
>
> 質問者 何らかの違いがあるはずです。
>
> マハラジ
> 神はすべてを為すものであり、ジニャーニは無為の人だ。
おお……。
> 神自身が「私がすべてを為す」と言いはしない。
はい。
> 神にとっては、ものごとはそれ自体の本性にしたがって起こるのだ。
なるほど。
> ジニャーニにとっては、すべてが神によって為される。
へー。そうなんですか。
> 彼は神と自然との間に何の違いも見ない。
ジニャーニにとっては、神と自然は同じものなんだ……。
> 神もジニャーニもともに、彼ら自身が変動の中の不動の中心であり、移り変
> わるものの永遠の観照者であることを知っている。
はい。
神もジニャーニもともに、自らが絶対者であることを知っている……。
> その中心は空なる点であり、観照者は純粋な気づきの点だ。
これは、同じものなのか……。
> 彼らは、彼ら自身が無であることを知っている。
ああ。
神もジニャーニもともに、自ら絶対者であり無であることを知っている……。
> それゆえ、彼らに抵抗できるものは何ひとつないのだ。
はい。(-_-)
> 質問者 あなたの個人的な体験では、それはどのように見られ、感じられる
> のでしょうか?
うん。いいこと訊いた。
> マハラジ
> 無としてあることで、私はすべてなのだ。
おお。
> すべては私であり、すべては私のものだ。
(-_-)
> 私の身体が、動かそうと考えるだけで動くように、私が思うだけでものごと
> は起こる。
ああ……。
> 言っておくが、私は何もするわけではない。
> ただものごとが起こるのを見るだけだ。
ああ。(;_;)
> 質問者 あなたが起こるように望んでからものごとが起こるのでしょうか?
> それともそれらが起こってから、あなたはそう起こることを望まれ
> るのでしょうか?
うまい! 座布団一枚!
> マハラジ
> それは両方だ。
(-_-)
> 私は受け容れ、そして受け容れられるのだ。
(-_-)
> 私がすべてであり、すべては私なのだ。
そうか……。そうなんだよな。(-_-)
> 世界であるゆえに、私は世界を恐れない。
> すべてとしてありながら、何を恐れるというのだろう?
(;_;)
> 水は水を恐れず、火は火を恐れない。
うん。(-_-)
> 私は恐れない、なぜなら私は無であり、恐れや危険を体験しようがないから
> だ。
(;_;)
> 私には名前も形もない。
はい。
> 名前と形に固執することが恐れを生むのだ。
あ。(@_@)
名前と形に固執することが恐れを生むのか……。(-_-)
> 私には執着がない。
> 私は無だ。
> そして無は無を恐れない。
(-_-)
> 反対に、すべてが無を恐れている。
> なぜなら、何かが無に触れたとき、それは無となるからだ。
> 底なしの井戸のように、何であれそこに落ちたものは消え去るのだ。
……。
ワタシガムニフレルコトサエデキレバ、ワタシハムニナレルノカ。
ワタシガソレヲノゾムコトサエデキレバ……。(-_-)
(-||-)
今日の写経は、ここまでです。
m(_ _)m
…………○…………○…………○…………
『私は在る』の「目次」をここ↓に置いておきます。
https://www.ascensionkan.com/books/I_AM_THAT-index.html
もしこの「目次」の中から興味を惹かれたタイトルをリクエストしてくださる
方があれば、その箇所を優先して“写経”いたします。
よろしければ、気が向いたときにお付き合いください。
それから、「最強の破壊者からの言葉」というのを置いてみました。
https://www.ascensionkan.com/books/I_AM_THAT-words.html
どこからもクレームが来なければ、追加および取捨選択していきます。
ときに「最強の破壊者」に疑問をぶつけてみていただければ嬉しいです。
…………○…………○…………○…………
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■ 4.編集後記:すべてが自分の中の独り言のような気がして。
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今日は、楽しかったですよ。
わたしが“楽しかった”のではなく、“楽しい気分”がわたしを通過していっ
たのだと思いますが。
大袈裟な話が好きなので、今日みたいな“大袈裟風”の話を書くのはいいです。
『エンデの遺言』を開いて、引用するのは楽しかった。
何だか、すべてが自分の中の独り言のような気がして。(*^_^*)
さあ、もう寝なきゃ。
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■ 【作者】 『アセンション資料館』主人 pari
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→ メール: pari♪jk2.so-net.ne.jp(“♪”→“@”に。m(_ _)m)
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