2016-10-16
Vol.0653
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━━━━☆☆☆☆━━━━━━━━━━━━━━ by paritosho ━   ☆☆   ☆☆   ☆☆     ☆☆『アセンション館通信』2016/10/16(第653号) ☆☆   ☆   ☆☆ ☆☆      ☆★ 【気刊】――「私は在る」に導かれ♪―― -☆☆---------☆☆------------------------------------------  ☆☆   ☆☆          https://www.ascensionkan.com/ ━━☆☆☆☆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ◇◇ このメルマガの趣旨 ◇◇ このメルマガはアセンション館主人pariと称するあるパターンに 浮上している心象風景の報告です。 現象がpariに起こっているかぎりpariの苦しみは避けられない。 pariとは誰か、そういう者は本当に存在しているのか? 内容は人畜無害、でも読む人は相当変わっていますね。現在868名 ------------------------------------------------------------ ◇◇ もくじ ◇◇ 1.想像し、決意したことが現実となる 2.編集後記 ------------------------------------------------------------ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■ 1.想像し、決意したことが現実となる ━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 今日は土曜日、 夢の中は雲一つない素晴らしい晴天。 こんな晴天は久しぶりですね。 (*^_^*) さて、またまた一週間が過ぎて、 楽しい“アセンション噺”ならぬ「私は在る」噺に、 お付き合いいただく今がやってまいりました。 『アセンション館通信』配達人の pari です。 みなさま固有の「私は在る」を、いかがお過ごしでしょうか? これまで出逢うままに、 いろいろな本に目を晒してきました。 まるで信じやすいわたしは、 そのたんびにこれこそ真理かと思ったものです。 でもいつも、それで終わりじゃなくて、 また別の本に出逢うんですよね。 つまりまだ別の情報を探しているわけです。 そんな中でやがて、 自分ではいっぱしのつもりの価値観が形成されます。 これは避けられない。 そうなるようになっている。(^_-) ところが、ご多分に漏れず、 もちろん、それで終わりじゃありません。 まだやっぱり、また別の本に出逢うわけです。(*^_^*) そしたら“自分の価値観”なんて思っていたものは またすぐに修正を迫られます。 まあ、ちょっと頭を冷やして考えれば、 あれよあれよというまに、 いつもそうやって押し流されてきていただけです。 自分の考えなんてものがあるわけない。 だって、昨日の気分と、 今日の気分ですら同じじゃないんですから、 「二度と同じ河に入ることはできない」 という言い方があるようです。 その伝でいけば、 二度と同じ自分の価値観を持つことはできない。(^_-) そんなの自分の価値観と言えるわけもない。 マイブームとからかわれるのもわかります。 価値観、思想、解釈、思考、気分、なんやかや……。 その時々に浮上してくる想念を、 そんないろんな名称で呼ぶようです。 それを“自分の”価値観やら気分だと思って。 そしてもちろん、 いい気分を望んでいるんですよね。(^_-) こんな理屈を言ったからといって、 それが“自分”の解消やら何やら、 なにかの役に立つと思っているわけじゃありません。 ただこうして自然に湧いてくるから、 こうやって書いているだけです。 こんなもの“自分”の想念であるわけもなし、 そもそも“自分”って何? って話です。(*^_^*) “自分”というのは、まあ、 この身体を全体から分離した何か(=自分)と思ったときの その分離感、 不安とか、心配とか、恐怖とか、自惚れとか、 そんな収縮した想念のことなんでしょう。 こんなもん、なんで後生大事に抱えているのかわからん! てなものですよね。 ──────────────────  あなたはつねに快楽を求め、苦痛を避けている。  いつも幸福と平和を追い続けているのだ。  あなたの幸福への探求自体が、  あなたを惨めに感じさせているのが  わからないだろうか?    『私は在る』(p258) ────────────────── いや、わかりますよ。 というか、わかりはじめています。(;_;) ──────────────────  ほかの方法を試してみなさい。  苦痛と快楽に無関心でありなさい。  求めず、拒まず、  永遠に存在する「私は在る」のレベルに、  あなたのすべての注意を払いなさい。  すぐにあなたは平和と幸福が  あなたの本性そのものであることを悟るだろう。  何か特定の経路を通してそれを探しだそうとすることが  あなたをかき乱すのだ。     『私は在る』(p258) ────────────────── > 苦痛と快楽に無関心でありなさい。 そうしてもいいのか……。(-_-;) そうか、そうしてもいいんだなあ。 > 求めず、拒まず、 > 永遠に存在する「私は在る」のレベルに、 > あなたのすべての注意を払いなさい。 注意のありどころだけなんだ。 > すぐにあなたは平和と幸福が > あなたの本性そのものであることを悟るだろう。 心配にも、不安にも、注意を向けないのだから。 そうか、エゴのいうことに耳を貸さないということか。 > 何か特定の経路を通してそれを探しだそうとすることが > あなたをかき乱すのだ。 それが配達を受け取るということなんだ。 ──────────────────  何が起ころうとも、  影響を受けるのはあなたの身体とマインドだけで、  あなた自身ではないのだと思い出しなさい。  覚えなければならないことを覚えることに  誠実であればあるほど、  あるがままのあなた自身に早く気づくようになるだろう。  なぜなら、記憶が体験となるからだ。  誠実さが存在を明かすのだ。  想像し、決意したことが現実となる。  ここに危険性と、また同様に解決の糸口があるのだ。     『私は在る』(p228) ────────────────── > 何が起ころうとも、 > 影響を受けるのはあなたの身体とマインドだけで、 > あなた自身ではないのだと思い出しなさい。 たしかに。(-_-;) > 覚えなければならないことを覚えることに > 誠実であればあるほど、 > あるがままのあなた自身に早く気づくようになるだろう。 そうか、結局は、誠実さか。 なるほどなぁ。 > なぜなら、記憶が体験となるからだ。 記憶が体験となる……。 > 誠実さが存在を明かすのだ。 出し抜くなんてことはありえないんだ。(*-_-*) > 想像し、決意したことが現実となる。 【想像し、決意したことが現実となる】 世にいう「引き寄せの法則」もそれだけのことか。 > ここに危険性と、また同様に解決の糸口があるのだ。 すべて、そういうことなんだ。 だからどの覚者がたも自分が通った道を、 あるいは自分に起こったことを語るしかないわけだ。 【想像し、決意したことが現実となる】のだから。 架空の物語のなかで 誰かが誰かを批評するなんて、 いかにも起こるべきことではあるけれど、 いかなる意味もありえないわけだ。 この架空の物語のなかのどこにも、 “自分”という分離感を手放せる誰かがいるわけじゃない。 それが起こっているかぎり バカな話だと思いながらも、 その分離感を、不安を、恐怖を、自惚れを、 運ばなきゃならない。(;_;) もう流行らない古いスーツだと知りながらも、 それを着るしか方法を知らないわけだから。 なにしろスーツを脱ぐ当人がいないのだから。 ふふ……、 スーツが独り歩きしている。 “自分”って……、 いったい何なんだろう? (-_-;) ──────────────────  何にもまして、  私たちは意識しつづけていたい。  あらゆる苦しみや屈辱を耐えてでも、  意識しつづけることを望むのだ。  この体験への欲望に逆らって、  顕現すべてを手放さないかぎり、  解放はありえない。  私たちは罠にはまったままなのだ。    『私は在る』(p346) ────────────────── ここでマハラジは、 夢見る者たちの夢に介入して、 「意識しつづけていたい」者たちに 語っているわけか。 あなたは、 > あらゆる苦しみや屈辱を耐えてでも、 > 意識しつづけることを望むのだ。 だから、逆に言うと > この体験への欲望に逆らって、 > 顕現すべてを手放 せば、解放はありうるのだと。 そしてじつは、 > 解放への道には何も立ちはだかっていない。 とさえ。 ──────────────────  解放への道には何も立ちはだかっていない。  そしてそれは今ここで起こることができる。  だが、  あなたはほかのことにもっと興味がある。  そしてあなたはその興味と  闘うことはできないのだ。  あなたはそれとともに行き、  それを見抜き、  それが単に判断と賞賛の誤りであることを、  それ自体が自ら暴くのを見守らなければならないのだ。    『私は在る』(p475) ────────────────── > あなたはほかのことにもっと興味がある。 > そしてあなたはその興味と > 闘うことはできないのだ。 そういうわけなので、 “自分”が見ている光景に 文句を言える人はいないわけだなあ。 曹洞禅の内山興正師は 「願いは叶う、結果は化けて出る」 とおっしゃっていたけど。 まあ、 意識のコンテンツに興味を持つかぎりは、 どこまでもどこまでも 盥回しされるより仕方がないのでしょう。 だからこそマハラジも ──────────────────  あなたにこれ以上の体験は必要ない。  過去のものだけで充分だ。  そして、  もしそれ以上が必要だというのなら、  周囲の人びとのハートのなかに見入るがいい。  何千年かけても不可能な  多様な体験の数々をあなたは見いだすだろう。  他者の悲しみから学びなさい。  そしてあなた自身を救うがいい。  あなたに必要なのは体験ではなく、  すべての体験から自由になることだ。  体験に貪欲(どんよく)になってはいけない。  あなたには何も必要ないのだ。    『私は在る』(p336) ────────────────── と教えてくださるわけでしょう。 ……。 このごろ時々、また思い出して トニー・パーソンズの翻訳書 『何でもないものが あらゆるものである』を読んでいます。 たいていこういう本を読むと、 はじめて読んだような気がするんですよね。 ふしぎですね。 こういうことすべてが、 何でもないものが あらゆるものになって 現れているだけなのだと。 できることは何もないのかもしれないけれど、 ひたひたと来るべきものは押し寄せている。 (-||-) ──────────────────  あなたは在る。  ほかのすべては現れにすぎない。    『私は在る』(p421) ────────────────── (-||-) ──────────────────  永久的なもの、それはあなた自身の存在である。  真我として在りなさい。  それが至福である。  あなたはいつもそれなのである。    『あるがままに』(p58) ────────────────── ……。(-_-) ありがとうございました。 (-||-) 今日はこんなところで。 ……。 m(_ _)m       ………○…………○…………○……… 『私は在る』の「目次」はここ↓に置いてあります。 https://www.ascensionkan.com/books/I_AM_THAT-index.html ときどき「ニサルガ辞書」で遊んでみてください。 https://www.ascensionkan.com/ndic/ 新しい「ラマナ・マハルシ辞書」はここです。 https://www.ascensionkan.com/rdic/ おこがましくも『アセ通』既刊号はすべてここに置いてあります。 https://www.ascensionkan.com/mm/       ………○…………○…………○……… ▼『アセ通』への「私は在る」関連ご意見投稿フォーム: http://www.formzu.net/fgen.ex?ID=P48750702 というのを作らせていただきました。(^^;) 「私は在る」に関するご意見・ご感想・シェアリング、または単な るメールなど、ご自由にお書きいただければと思います。       ………○…………○…………○……… 『アセンション館通信』への 「ご投稿・情報提供」を歓迎いたします。 ▼『アセンション館通信』への情報ご投稿フォーム http://www.formzu.net/fgen.ex?ID=P87119518         …………○…………○…………○………… ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■ 2.編集後記: ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 今日はほんとに天気がいいですね。 これからお葬式の手伝いがあります。 今日はこんなところで。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■ 【作者】 『アセンション資料館』主人 pari ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━   → メール: pariアットマークjk2.so-net.ne.jp ------------------------------------------------------------ このメールマガジンは二つの配信スタンド 「まぐまぐ」は:http://www.mag2.com/m/0000126287.html 「melma」は  :http://www.melma.com/backnumber_110091/ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ Copyleft(C)2015 paritosho ------------------------------------------------------------
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