2017-01-22
Vol.0667
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━━━━☆☆☆☆━━━━━━━━━━━━━━ by paritosho ━   ☆☆   ☆☆   ☆☆     ☆☆『アセンション館通信』2017/01/22(第667号) ☆☆   ☆   ☆☆ ☆☆      ☆★ 【気刊】――「私は在る」に導かれ♪―― -☆☆---------☆☆------------------------------------------  ☆☆   ☆☆          https://www.ascensionkan.com/ ━━☆☆☆☆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ◇◇ このメルマガの趣旨 ◇◇ このメルマガはアセンション館主人pariと称するあるパターンに 浮上している心象風景の報告です。  苦痛から欲望が生まれ、苦痛のなかで欲望を満たそうとする。  世界の根本原因は自己愛である。そのために私たちは快楽を探し  求め、苦しみを避ける。自己愛を真我への愛に変えなさい。  すると画面は変わってくる。(ニサルガダッタ) 内容は人畜無害、でも読む人は相当変わっていますね。現在871名 ------------------------------------------------------------ ◇◇ もくじ ◇◇ 1.世界の根本原因は自己愛である 2.編集後記 ------------------------------------------------------------ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■ 1.世界の根本原因は自己愛である ━━━━━━━━━━━━━━━━━━ このごろ夢のなかのここらあたりは 雲一つない晴天がつづいています。 (*^_^*) さて、またまた一週間が過ぎて、 楽しい“アセンション噺”ならぬ「私は在る」噺に、 お付き合いいただく今がやってまいりました。 『アセンション館通信』配達人の pari です。 今日はちょっとコンピュータが不調でした。 どうもわたしのコンピュータは、 本来はWindows10には対応していないのです。^^;; ときどき何のせいかはよくわかりませんが、 しょっちゅうフリーズすることがあります。 もうだめかと思っていると、 今度はなんということもなく動いてくれたりするのです。 まあ、動いてくれているだけで感謝です。(*^_^*) コンピュータが動かないあいだ、 今日は少し気を落ち着かせようと思って 棚の整理などしていました。 すると昔買った小さなレコード盤が出てきて、 懐かしくなってかけてみました。 「灰とダイヤモンド」という映画はご存知ですよね。 長いこといちばん好きな映画だと思っていました。 ああいうものはどういう年齢で出会うかですよね。 感動するためのエネルギーを一番持っているときに出会うこと。 これが好きな映画の順番を決めると思います。 この「灰とダイヤモンド」のテーマというのを 一柳慧さんが編曲なさって、 それを辰巳弦楽四重奏団+森田利明さん(クラリネット) というメンバーが演奏するという Victorが発売した小さなレコードです。 中に橋川文三さんの 「僕らの中の生と死 灰とダイヤモンド論」という文章が パンフレットになって挿入されています。 久しぶりに読みながら何度かレコードを再生していました。 レコードと言ってもかなり文学趣味の世界ですね。 橋川文三さんの文章もすばらしいし まったく申し分のない世界でしたが、 それはいわば文学的世界でもありました。 戻ってきて再起動してみると、 今度はコンピュータが動いてくれました。 ありがたいことです。(-||-) 日本だけかどうかは知りませんが、 プログラマの世界では擬人化した表現をすることがありますよね。 「ここで○○してあげる」みたいな。 ああいうの、 一種の気取りのように感じていたこともありましたが、 相手がとても“賢く”ふるまってくれる場合、 ああいう擬人化した物言いは、 なかば自然に出てくるところもあるのかと思います。 まあ、そんなこんなで、 まるでデジタルの世界をアナログでイナスみたいな感じで、 わがPCはこうして動いてくれるようになったわけです。(*^_^*) さっき読んだレコードのパンフレットには、 制作の深夜叢書社のこんな書き出しの文章が載っています。 ──────────────────  「この一篇をもったということは、   さまざまな名目を掲げて人殺しをして生き残っている私達が   映画の上でなし得た殆と唯一のかなしい構罪である」  とまで埴谷雄高氏をして言わしめた『地下水道』で一躍世界の  注目を集めたポーランドのアンドルゼイ・ワイダ監督の『世代』  『地下水道」に続く抵抗三部作の頂点に位置する作品である。 ────────────────── 橋川文三さんのかなり高揚した文章は、 こんなふうに終わっています。 ──────────────────  さて、「灰とダイヤモンド」をめぐる  ぼくの気ままな感想はここらでおしまいです。  いったい、誰が「ダイヤモンド」で、  誰が「灰」なのか?  この問いは、何がぼくらの中の生であり、  何が死であるかという問いと共通しています。  その問いをよびおこすことこそ、  この作品の現実的意味だと思われます。(評論家) ────────────────── まあ、ディレッタントながら、 わたしも昔はそんなことを考えるタイプの人間でした。 さて、ところで今のマイブームである マハラジは、 自分は世界を助けたいだけなのだと言う人に こんなふうに答えます。 ──────────────────  質問者 私はただ世界を助けられるようになりたいだけです。    マハラジ  あなたが助けられないと誰が言っただろうか?  助けるとはどういう意味で、  何が必要なのかということをあなたが自分で決めておいて、  何をすべきで何ができるのかという必要性と能力の間で  自分自身を葛藤(かっとう)に追いやったのだ。  『私は在る』(p104-105) ────────────────── > 助けるとはどういう意味で、 > 何が必要なのかということをあなたが自分で決めておいて、 > 何をすべきで何ができるのかという必要性と能力の間で > 自分自身を葛藤(かっとう)に追いやったのだ。 (*-_-*) まったく、身も蓋もないほどの適確さです。 マハラジはいつも こんなにも論理的な言葉で答えてくれているのに、 なかなかわれわれはそれを聞こうとしないですね。 その有無を言わさぬマハラジの言葉の論理性に、 ただ言葉を失うだけで、 なかなかボブさんのようには 真正面からは受け取らないのだと思います。 > 助けるとはどういう意味で、 まさに、助けるとはどういう意味なのか、 それをすら自分で明確にしてはいない。 その上で、 > 何が必要なのかということをあなたが自分で決めておいて、 まったくです。(*-_-*) > 何をすべきで何ができるのかという必要性と能力の間で > 自分自身を葛藤(かっとう)に追いやったのだ。 本当に、そのとおりですね。 マハラジはいつも有無を言わさぬ論理的正しさで 相手を困らせるようにも見えますけど、 それがマハラジから溢れ出る慈悲の形なのでしょう。 ──────────────────  そしてあなたが助けたい人々だが、  彼らもまた欲望を満たすために、  それぞれの世界のなかにいる。  彼らの欲望を通して以外、  彼らを助けることはできない。  あなたには、  彼らが正しい欲望をもつように教えることができるだけだ。  そうすれば彼らは現状を超え、  快楽と苦痛の住処である欲望の世界を創造し、  再創造しようという衝動から自由になれるかもしれない。  『私は在る』(p105) ────────────────── > そしてあなたが助けたい人々だが、 > 彼らもまた欲望を満たすために、 > それぞれの世界のなかにいる。 ええ、それは間違いない。 > 彼らの欲望を通して以外、 > 彼らを助けることはできない。 あ。(@_@) ⌒★? そういうことなのか……。(-_-) わたしの欲望に働きかける以外に、 マハラジがわたしを助ける方法なんかないんだ。 > あなたには、 > 彼らが正しい欲望をもつように教えることができるだけだ。 ……。(*-_-*) > そうすれば彼らは現状を超え、 > 快楽と苦痛の住処(すみか)である欲望の世界を創造し、 > 再創造しようという衝動から自由になれるかもしれない。 (*-_-*) 正しい欲望を持つことによってしか、 わたしは快楽と苦痛の住処である欲望の世界を 創造し再創造しようという衝動から 自由にはなれないんだ……。(-_-) そういうことか。 (-||-) そして。世界について言うなら、 ──────────────────  見てみなさい。  あらゆる類のことがこの部屋で起こっている。  私がそれを起こるようにしたのだろうか?  それはただ起こるのだ。  あなたにとっても同じだ。  運命がそれ自身を展開し、  不可避の出来事を現実にするのだ。  あなたに出来事の行方を変えることはできない。  だが、あなたの態度は変えられる。  そして本当に重要なのは態度にあって、  単なる出来事にはない。  世界は欲望と恐れの住処(すみか)だ。  そこにマインドの平和を見つけだすことはできない。  平和のためには、  あなたは世界を超えて行かねばならない。  世界の根本原因は自己愛である。  そのために私たちは快楽を探し求め、  苦しみを避ける。  自己愛を真我への愛に変えなさい。  すると画面は変わってくる。  創造の神ブラフマーはすべての欲望の総計だ。  世界はそれらを満たすための道具なのだ。  魂たちは何であれ彼らの望んだ喜びをつかみ、  涙で支払う。  そして時間がすべての勘定書を決算する。  バランスの法則が究極の支配をするのだ。    『私は在る』(p102-103) ────────────────── > あらゆる類のことがこの部屋で起こっている。 はい。 > 私がそれを起こるようにしたのだろうか? いいえ。 > それはただ起こるのだ。 わかります。 > あなたにとっても同じだ。 はい。 > 運命がそれ自身を展開し、 > 不可避の出来事を現実にするのだ。 欲望によって起動された行為が、 その不可避の結果を呼び起こすのですね。 > あなたに出来事の行方を変えることはできない。 はい。 > だが、あなたの態度は変えられる。 もし欲望がわたし自身なら、 その欲望であるわたしにできることは何もない。 しかし、もし欲望が わたしに起こっている出来事にすぎないなら、 わたしはその欲望を無視することができる。 > そして本当に重要なのは態度にあって、 > 単なる出来事にはない。 そうなんですね。 > 世界は欲望と恐れの住処(すみか)だ。 はい。 > そこにマインドの平和を見つけだすことはできない。 わかります。 > 平和のためには、 > あなたは世界を超えて行かねばならない。 はい。(-_-) > 世界の根本原因は自己愛である。      <何故にすべては始まってしまったか?> の答えがここにあったのか。(*-_-*) 【見かけ】に自己同化し、 分離を信じる自己愛ゆえに世界は現象している。 > そのために私たちは快楽を探し求め、 > 苦しみを避ける。 偽りの分離を信じることは どこかが脱臼しているような苦しみだから。 > 自己愛を真我への愛に変えなさい。 つかの間の、非本質的で個人的なものへの愛を、 本質的で、永遠の常在に向けなさい。 > すると画面は変わってくる。 (-||-) > 創造の神ブラフマーはすべての欲望の総計だ。 創造神とは、欲望の総計ということか。 > 世界はそれらを満たすための道具なのだ。 世界は欲望を満たすための道具。 > 魂たちは何であれ彼らの望んだ喜びをつかみ、 > 涙で支払う。 偽りの分離を信じる魂は、 欲望の対象というつかの間の喜びをつかみ、 それを涙で贖う。 > そして時間がすべての勘定書を決算する。 すべての欲望は、 対極の欲望によって相殺されなければならない。 > バランスの法則が究極の支配をするのだ。 あらゆる定義は、 対極の定義によって裏づけられなければならないから。 なぜなら、対極とは捏造であり、 実在ではないから。 ──────────────────  あなたは在る。  ほかのすべては現れにすぎない。    『私は在る』(p421) ────────────────── (-||-) ──────────────────  永久的なもの、それはあなた自身の存在である。  真我として在りなさい。  それが至福である。  あなたはいつもそれなのである。    『あるがままに』(p58) ────────────────── ……。(-_-) ありがとうございました。 (-||-) 今日はこんなところで。 ……。 m(_ _)m       ………○…………○…………○……… 『私は在る』の「目次」はここ↓に置いてあります。 https://www.ascensionkan.com/books/I_AM_THAT-index.html ときどき「ニサルガ辞書」で遊んでみてください。 https://www.ascensionkan.com/ndic/ 新しい「ラマナ・マハルシ辞書」はここです。 https://www.ascensionkan.com/rdic/ おこがましくも『アセ通』既刊号はすべてここに置いてあります。 https://www.ascensionkan.com/mm/       ………○…………○…………○……… ▼『アセ通』への「私は在る」関連ご意見投稿フォーム: http://www.formzu.net/fgen.ex?ID=P48750702 というのを作らせていただきました。(^^;) 「私は在る」に関するご意見・ご感想・シェアリング、または単な るメールなど、ご自由にお書きいただければと思います。       ………○…………○…………○……… ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■ 2.編集後記: ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 今日はコンピュータが動いてくれて ありがたかったです。 いろんな想念はわいてきますが、 どれも別に重要なものではありません。 それなりにこうしていろいろな思いがわくのは、 つねに今の瞬間がこれ以外の在り方であることを 望む癖が解消していないからでしょうか。 究極のゴールに自分が立っているというのに。 今日も晩くなりました。 ではお休みなさい。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■ 【作者】 『アセンション資料館』主人 pari ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━   → メール: pariアットマークjk2.so-net.ne.jp ------------------------------------------------------------ このメールマガジンは二つの配信スタンド 「まぐまぐ」は:http://www.mag2.com/m/0000126287.html 「melma」は  :http://www.melma.com/backnumber_110091/ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ Copyleft(C)2017 paritosho ------------------------------------------------------------
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