2019-07-21
Vol.0796
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━━━━☆☆☆☆━━━━━━━━━━━━━━ by paritosho ━   ☆☆   ☆☆  ☆☆     ☆☆『アセンション館通信』2019/7/21(第796号) ☆☆   ☆   ☆☆ ☆☆      ☆★ 【気刊】──「私は在る」に導かれ♪── -☆☆────-☆☆─────────────────────  ☆☆   ☆☆   https://www.ascensionkan.com/mm/ ━━☆☆☆☆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ◇◇ このメルマガの趣旨 ◇◇ このメルマガはアセンション館主人pariと称するあるパターンに 浮上している夢の場面の報告です。  あらゆる経験は透明な観照意識の中の現れにほかならない。  苦しみはない。なぜなら何らかのラベル、つまり別の現れがなけ  れば、何かが「苦しみ」であることはありえないとわかるからだ。  (『ダイレクトパス』) 内容は人畜無害、でも読む人は相当変わっていますね。現在810名 ────────────────── ◇◇ もくじ ◇◇ 1.予感:『ダイレクトパス』 2.編集後記 ──────────────────       <<【連絡事項】>> 配信スタンド「メルマ」で読んでいただいている方、 「メルマ」のサービスは今年いっぱいで終わります。 実際に読んでくださっている方は 配信スタンド「まぐまぐ」のほうにご登録ください。 mag2:http://www.mag2.com/m/0000126287.html ━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■ 1.予感:『ダイレクトパス』 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 降っているのかいないのか わからないような細かい雨です。 だいぶ蒸し暑くはなってきました。 もうちょっとドライなほうが楽ですが。 でも、ちょっとハイ。 (*^_^*) さて、またまた一週間が過ぎて、 楽しい“アセンション噺”ならぬ「私は在る」噺に、 お付き合いいただく今がやってまいりました。 『アセンション館通信』配達人のpariです。 この身体を自分だと思いこんで以来、 幸福と不幸をたくさん体験しました。 幸福はたちまち当然になって 注意の視野から消えていきましたから、 注意はもっぱら不幸と不幸の可能性(心配)に 向けられました。 そうなると人生の大部分は 不幸と不幸の可能性で 埋め尽くされるように感じられました。 どうしてこんなものがあるのか? こんなものは要らないではないか。 いったいなぜ宇宙は始まったのか? そんな微かな疑念が兆したのです。 ほんの一瞬の想念にすぎなかったのに、 どういう経路をたどってか それはいつか、 <何故にすべては始まってしまったのか?> といった観念として凝固していきました。 何がこんぐらかったために こんな観念が発生したのか? 夢の登場人物にはわかりませんが、 間違いなくそこにあったと思われるのは、 この観念を重要と感じる誤解だったでしょう。(*^_^*) そしてその誤解の中核にあったのは 一種の【実在論】ともいうべき観念でした。 つまり現象世界の森羅万象は 客観的に存在していると想像する誤解です。 (ここで“誤解”と断定していますが、  もちろんこれは地上の常識なので、  日常生活ではわれわれのほぼ全員が  この実在論が紡ぎ出す物語の中で    生きていることは言うまでもありません。) この根本的な誤解を台風の目として、 その周辺に膨大な物語の種が吐き出され、 それがこの大宇宙を形成しているのでした。 現象世界の森羅万象が実際に 個々の実体として客観的に存在している。 そう思うからこそ、 われわれはその前提の上で 優劣・善悪といった比較の物語を紡ぎ その想像のなかで不幸にもなるわけです。 ニサルガダッタはこう言います。 ──────────────────  そこには想像があるだけだ。  知性とエネルギーは、  あなたの想像のなかで  すべて使い果たされてしまった。  あなたはまったく  想像に夢中にさせられてしまったため、  どれほど実在から遠く離れて  さまよい歩いたのかさえ  わからなくなってしまったのだ。  想像が豊かな創造力であることに疑いはない。  宇宙のなかの宇宙も、  想像によって構築されているのだ。  それにもかかわらず、  それらはみな空間と時間、  過去と未来のなかにあり、  実際は存在しないのだ。  『私は在る』(p306-307) ────────────────── マハラジのこういう言葉に、 真実を直感することは起こりえます。 わたしもそれを感じました。 しかし、だからといって この【実在論】的リアリティーが 簡単には崩壊しないのも事実です。 最近、遅ればせながら ヒロさんの訳したレオ・ハートンの 『夢へと目覚める』を読んで、 それが素晴らしい本だと知りました。 それでヒロさんが翻訳した本で 自分がまだ読んでいない本が気になりました。 たぶん、ご存知かと思いますが、 『ダイレクトパス』 (グレッグ・グッド著, 古閑博丈訳) という本です。 以前ヒロさんが訳された 同じグレッグ・グッドの赤本とも言える 『気づきの視点に立ってみたらどうなるんだろう?』 という本を読んだときは、 自分なりにすっかりわかったような気で、 吹聴までしていたのですが。 さて何を理解したのか、 今思い出そうとすると……。 (*-_-*) ま、そういうわけで、(^_-) 今度『ダイレクトパス』を 手に入れてみたわけです。 ヒロさんは『気づきの視点に……』 の翻訳が終わった時点では、 誰か別の人が『ダイレクトパス』を 翻訳してくれるのを期待していたようです。 でも、おかげさまで今我々は この両方を読むことができます。 なんかとてもいいんです。 まだ読みはじめたばかりですが、 「第一部 世界」の 「素朴実在論」のあたりを読んで、 凝り固まっていた実在論の核を 根っこの部分からほぐしてもらえるのでは という気がしています。 これならいけるかも……、 久しぶりにそんな可能性を感じています。 シュリ・アートマナンダ・クリシュナ・メノン (1883-1959)という方が説かれた教えに沿って グレッグ・グッドによって書かれた この『ダイレクトパス』という本の意図は、 現象世界の森羅万象が 客観的に存在しているという 人間世界に広く流布している通念を、 実際の体験を具体的に吟味することによって 根底から突き崩すことです。 とても楽しみじゃないですか。(*^_^*) 「はじめに」の一節を引用します。 (無断引用というよりは、  無料宣伝になりますように。(-||-)) ──────────────────  分離──客観性という虚偽の主張    ものごとは気づきにまったく依存することなく、  それ自体で存在してるように見える。  客観的に存在しているように見える。  どれほど具体的であっても抽象的であっても、  ものごとはそれ自体で  客観的に存在しているように見える。  万里の長城や、  そこまで物質的ではないとしても  微分や道徳的な正しさも、  心とは違うものとして、  気づきとは別に  本当に独立して存在しているように思える。  「客観的」なものとは、  それ自体として存在しているものであり、  それとは別に存在する  「主観的」な知覚主体がそれを発見し、  立証することができるものだ  と私たちは考えている。  客観性という考えそのものが、  いくつもの二元性を一気にもたらす。  主観と客観、  気づきと対象、  気づきを含む複数の容器 。  その容器の内側と外側、  「正」と「誤」、  あるいは「正確」と「不正確」のあいだの  二元性といったものだ。  それ以外にも数多くの二元性が  客観性という考えを土台にしている。    『ダイレクトパス』(p32-33) ────────────────── > 「客観的」なものとは、 > それ自体として存在しているものであり、 > それとは別に存在する > 「主観的」な知覚主体がそれを発見し、 > 立証することができるものだ > と私たちは考えている。 この「実在論」的観点が われわれを様々の二元性に引き込むのです。 言い換えれば、 この「実在論」的観点によって 実際は存在もしない“我々”という個人が 姿を現すというわけです。 > 客観性という考えそのものが、 > いくつもの二元性を一気にもたらす。 現象世界を満たす森羅万象が 客観的に存在すると思うばかりに……、 > 主観と客観、 > 気づきと対象、 > 気づきを含む複数の容器 。 「私」「他者」「われわれ」が姿を表し、 「自分のもの」と「他人のもの」が現れて、 > その容器の内側と外側、 > 「正」と「誤」、 > あるいは「正確」と「不正確」のあいだの > 二元性といったものだ。 比較とサバイバルの劇が展開される 夢が始まるわけです。 > それ以外にも数多くの二元性が > 客観性という考えを土台にしている。 森羅万象として現れる諸物・諸事象が 客観的に実在しているという想像のなかで あらゆる二元性が花開くのです。 これが壊れたら嬉しいですよね。 楽しみです。(*^_^*) ──────────────────  あなたは在る。  ほかのすべては現れにすぎない。    『私は在る』(p421) ────────────────── (-||-) ──────────────────  永久的なもの、  それはあなた自身の存在である。  真我として在りなさい。  それが至福である。  あなたはいつもそれなのである。    『あるがままに』(p58) ────────────────── ……。(-_-) ありがとうございました。 (-||-) 今日はこんなところで。 ……。 m(_ _)m    ………○…………○…………○……… 『私は在る』の「目次」をここ↓に置いておきます。 https://www.ascensionkan.com/books/I_AM_THAT-index.html ときどき「ニサルガ辞書」で遊んでみてください。 https://www.ascensionkan.com/ndic/ 「ラマナ・マハルシ辞書」はここです。 https://www.ascensionkan.com/rdic/ おこがましくも『アセ通』既刊号はすべてここに置いてあります。 https://www.ascensionkan.com/mm/    ………○…………○…………○……… ▼『アセ通』へのご意見投稿フォーム: http://www.formzu.net/fgen.ex?ID=P48750702 「私は在る」に関するご意見や単なるメールなど、 ご自由にお書きください。    ………○…………○…………○……… ▼『アセンション館通信』への情報ご投稿フォーム http://www.formzu.net/fgen.ex?ID=P87119518    ………○…………○…………○……… ━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■ 2.編集後記: ━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 今日は明るいうちに終えました。 明日は選挙ですね。 選挙は行きますか? 山本太郎さん、ずいぶん頑張ってますね。(*^_^*) ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■ 【作者】 『アセンション資料館』主人 pari ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━   メール: pariアットマークjk2.so-net.ne.jp ────────────────── mag2:http://www.mag2.com/m/0000126287.html ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ Copyleft(C)2019 paritosho ──────────────────
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