2021-06-27
Vol.0897
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━━━━☆☆☆☆━━━━━━━━━━━━━━ by paritosho ━   ☆☆   ☆☆  ☆☆     ☆☆『アセンション館通信』2021/06/27(第897号) ☆☆   ☆   ☆☆ ☆☆      ☆★ 【気刊】──「私は在る」に導かれ♪── -☆☆────-☆☆─────────────────────  ☆☆   ☆☆   https://www.ascensionkan.com ━━☆☆☆☆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ◇◇ このメルマガの趣旨 ◇◇  〈自己〉は展開する宇宙的ドラマの壮大なショー生み出し、  それを観ながら、そのなかに、そしてそれとして現れているが、  それは夢を見ている人が自分の夢を作り出すと同時に  それを見ながらそこに出演しているのと同じだ。  (『夢へと目覚める』レオ・ハートン)   内容は人畜無害、でも読む人は相当変わっていますね。現在497名 ────────────────── ◇◇ もくじ ◇◇ 1.一瞬現れた観念化 2.編集後記 ────────────────── ━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■ 1.一瞬現れた観念化 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 今日はなんとなく薄ぼんやりした天気。 明るいんですけどね。 どこにも陰がない感じ。 (*^_^*) さて、またまた一週間が過ぎて、 楽しい“アセンション噺”と “「私は在る」噺”を紡ぐ今がきました。 『アセンション館通信』配達人pariとの 一体化が緩みはじめている意識です。 特に何も求めていなくても、 身体が生きているあいだは 変化は避けられませんよね。 変化したくないのがエゴでしょうけど、 そこはエゴの期待通りにはいきません。 そのエゴも じつは「私」に押しつけられたもので 「私」じゃないんでしょうね。 とは言え、 「私」しか存在しないわけだから、 「私」以外の誰かがエゴを創造したという わけでもないのでしょう。 樹木希林さんの本のタイトルで 『一切なりゆき』というのを 見かけたことがありますが、 エゴが生まれたのもなりゆきかもしれません。 お釈迦様の「縁起(十二因縁)」を ちょっとウィキペディアで見てみました。 ──────────────────  縁起とは、  他との関係が縁となって生起するということ。  全ての現象は、原因や条件が相互に関係しあって  成立しているものであって独立自存のものではなく、  条件や原因がなくなれば  結果も自ずからなくなるということを指す。    出典: ウィキペディア/縁起  https://bit.ly/2U6yZR3 ────────────────── これって「一切なりゆき」とも 言い換えられるかもしれません。 お釈迦様のような緻密なマインドなら、 その「一切なりゆき」の内容を 無明を根本原因とする12の項目からなる 縁起説(十二因縁)として 展開することになるのかもしれません。 しかしその「一切なりゆき」を どれほど緻密に展開しようとも、 それが観念化の一つのパターン にすぎないことも明らかです。 観念化された対象物が実体として存在していて、 それらの実体が縁起のボールを受け渡して 縁起を実現しているわけではないのですから。 これまでマハラジや ラメッシ・バルセカールの言葉を読んできて 何が確信として残ったのかと言えば、 現象というのはすべて、 「私は在る」という観念の上に 時間-空間という観念装置を想像して、 現象を可能にし、 そこで意識が見ている夢だという理解かもしれません。 気にすれば、 いくらでも気になる理由を 発明していくことができるわけだけれど、 気にするのをやめればそれは静まる。 わかったのは、 そういうことだと思います。 pariという身体が担わされたのは <何故にすべては始まってしまったのか?> というじゃっかんひねた疑問だったけれど、 何がわかったかと言えば、 理由は好きなだけ発明できるけれど、 それはすべて観念にすぎず、 その観念化に本当に飽き果てれば、 その観念化をやめることもできる。 ただし、 そのことをコントロールできる個人が 実体として存在するわけではない、 ということでした。 そのプロセスを早められる 誰かがいるわけではない。 この波動宇宙から分離独立した どんな実体も存在してはいないのですから。 (-||-) ──────────────────  あなたは在る。  ほかのすべては現れにすぎない。    『私は在る』(p421) ────────────────── (-||-) ──────────────────  永久的なもの、  それはあなた自身の存在である。  真我として在りなさい。  それが至福である。  あなたはいつもそれなのである。    『あるがままに』(p58) ────────────────── ……。(-_-) ありがとうございました。 (-||-) 今日はこんなところで。 ……。 m(_ _)m    ………○…………○…………○……… 「ニサルガ辞書」はここです。 https://www.ascensionkan.com/ndic/ 「ラマナ・マハルシ辞書」はここです。 https://www.ascensionkan.com/rdic/ おこがましくも『アセ通』既刊号は すべてここに置いてあります。 https://www.ascensionkan.com/mm/    ………○…………○…………○……… ▼『アセ通』へのご意見投稿フォーム: http://www.formzu.net/fgen.ex?ID=P48750702    ………○…………○…………○……… ▼『アセ通』への情報ご投稿フォーム http://www.formzu.net/fgen.ex?ID=P87119518    ………○…………○…………○……… ━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■ 2.編集後記: ━━━━━━━━━━━━━━━━━━ わかっていることなど何一つありません。 わかる可能性もありません。 現れとして確認できるのはすべて夢です。 ここで書かれることは 一瞬現れた観念化の現れにすぎません。 唯一確かなのは「私は在る」ということです。 今日はまだ夕方にはなっていません。 それではまた。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■ 【作者】 『アセンション資料館』主人 pari ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━   メール: pariアットマークjk2.so-net.ne.jp ────────────────── mag2:http://www.mag2.com/m/0000126287.html ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ Copyleft(C)2021 paritosho ──────────────────
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