『21世紀への指導原理 OSHO』

性エネルギーへの非難(結果四)


 私たちの惑星がバトンタッチしてきた<ソフト>の大きなものに、最も自然なものの非難、性エネルギーに対する非難がある。これは“条件付け”によってもたらされた第四の大きな破壊的結果だった。
 私たち人間の存在根拠である性エネルギーは、愚かしくも汚らしい人間の物欲しげな乞食マインドによって汚染され続けている。人間が自分の存在根拠を汚すとは考えることもできないようなことだが、それは実際に今も汚され続けている。それがもたらしつつある害悪は想像を絶する。

 OSHOの教えるところでは、このマインドによる性エネルギーの汚染は、地上の宗教伝統によるものだという。
 あらゆる人間活動は、ただひとつの性エネルギーの発現形態に他ならない。
 この性エネルギー昇華が人間を途方もない歓びに導くことを知った古代の賢者たちは、性エネルギーの上昇を促すため、弟子たちを導く修行の指示に、性欲段階での性エネルギーの放出を抑制することを教えた。
 そのこと自体必ずしも間違っていたわけではなかったが、性エネルギーというあまりにも本来的なエネルギーは単なる抑圧によって抑え込めるようなものではなかった。
 長い時の経過のうちに形骸化した修行形態は、何時か性エネルギーそのものを敵視するような偽善的禁欲にまで堕落してしまった。
 この宗教伝統の愚かさの中から多くの災厄が地上に放たれた、とOSHOは言う。

 性エネルギーとは人間がそこから生まれてきたエネルギーそのものであり、人間が持っている唯一のエネルギー、いや宇宙のエネルギーそのもののことだ。
 人間の次の段階への成長の架け橋である瞑想も、この性エネルギーの昇華を通じてしかありえない。
 だが、性エネルギーの超越を性エネルギーの否定と取り違えた私たちの星の宗教伝統は、それを永く非難し抑圧してきた。
 性エネルギーは最も根源的で純粋素朴なエネルギーであったため、非難され抑圧されることで、他にどうしようもなくそのエネルギーを別のチャンネルに流した。マインドによって強く汚染されて、私たち人間の性はきわめて心理的なものになった。
 さまざまの性的な倒錯が起こり、地上にポルノグラフィーがはびこった。
 性は商品となり、売買の対象ともなった。
 人間は海の水を汚染するように性を汚し放題に汚した。性エネルギーはマインドによる汚染を受け入れた。
 性エネルギーへの非難は、およそ自然なるものの非難の代表格であったために、これが自然なもの一般へのマインドからの干渉の元型にもなった。

 マインドは海の珊瑚礁の鬼ヒトデのように、美しい性エネルギーの祭典を次々と扼殺し、死臭紛々たる異形のものたちを地上世界にはびこらせることになった。