『21世紀への指導原理 OSHO』

人口爆発、まさに貧困の果実


人口爆発という問題ほど、「問題」の根拠が私たちの<意識>の焦点の死角に存在することを暴露するものはない。
 人口爆発の直接的な原因は、途上国での人口の爆発的な増加だろう。いわゆる先進諸国では人口の極端な増加はすでに終わっている。
 では途上国でなぜ人口が爆発的に増加するのかといえば、おそらく最大の構造要因は、途上国の一つひとつの家族の安全保障の問題だろう。

 家族という単位での生き残りを考える以上、子どもの数を多くするより他に、現実に可能な安全保障拡大の手段が存在しないような家族ががあるはずだ。子どもを財産と考える親の立場から見る限り、子どもの数が多くなればそれだけ家族の勢力は強まり、自分たちの将来の安全はより強化されるとも見えるだろう。
 子どもの数を増やそうとする両親の意識にとって、地球環境の中での人口問題など、余りに遠い問題であるに違いない。第三世界での乳幼児の死亡率の高さも、苦しい中でなお少しでも多くの子どもを産もうとする努力を奨励するに違いない。
 その上、途上国の女性の教育レベルの低さは、本来望まぬ子どもまで彼女たちに産ませているかもしれない。

 人口問題とは、地上の人間社会の枠組みの中でこれまで個々人の<意識>が無視してきたことの構造的集積結果だ。
 無論、意図的になされた無視ばかりではない。ただ視野に入っていないがために生じた無視が大部分だっただろうが、その結果生じた問題のインパクトは、これまで人間が無視してきた事態すべての総点検を迫って、どんな姑息な解決も許さない。
「問題」を裏側から(つまり、「全体」の側から)見たら、この「問題」の解答は先に見えているともいえる。
 人口爆発という問題の根本的な解決は、途上国が本当の意味で内的にも外的にも豊かになる以外に、実は方法がないということが。

 ところが、途上国を生み出したのは自由貿易を前提とするいわゆる“ボーダレス・ワールド”なのだから、私たちの現在の経済構造そのものが途上国を必要としているということなのだろう。
 つまり現在の地球人類の、「国家」や「家族」という単位での生き残りを前提とした在り方そのものが、この人口爆発という「問題」の引き金を引き、また現在も支えているということだ。
 これで初めて、「全体」は「全体」に戻って来る。
 私たちはこれまで、自分のまわりに近縁から遠縁に到るさまざまの段階の不可視の境界線を設けてきた。そして、自分の頭の中にある不可視の境界線の枠組みに従って行動してきたのだった。その枠組みは、一人ひとりの頭の中には存在していても、実際の地球環境とはどんな意味でも対応していない。それでも、その架空の枠組みに応じた個々人の行動結果の集積は、「全体」としてのリアルな地球環境の中にどんな虚構性もなく現出してくるはずだ。

 人口爆発という現在の地球環境の中での最大の難問こそ、私たち人間が次の段階に進むための最大の好機を提供しているのかもしれない。
 本当の好機は、私たちが期待するような形で来ることはけっしてない。私たち自身が呼び寄せるような形で訪れることはない。私たちが意図して、自分の不可避的な変容を迫るようなものを呼び寄せることなどないのだから。
 最大の危機こそ最大の好機とは、この人口問題にこそ妥当する。

 人口問題の根本的解決は、途上国の人たちが実際に豊かになる以外に道はない。
 端的に言えば、地上から“貧困”が消滅するしかないのだ。
 それはけっして、現在のいわゆる途上国の人たちがいわゆる先進国の人たちと同じようになるということではないだろう。そのような解決はけっしてありえない。
 ありうる唯一の解決は、いわゆる途上国の人たちもいわゆる先進国の人たちも、「新しい地球人」になるということだ。別の言葉でいえば、全く「新しい家族の一員」になるということだろう。
 それは、今の私たちにはまだリアリティが持てない。
 けれども恐らく、実現可能な解決策はこれしかない。それが自明になるのは、そんなに先のことではないかもしれない。
 つまり、それほどの時間は残されていないからだ。

 それ以外の解決を求めている間、私たちはもっともっと追いつめられるだろう。
 私たちが途上国の人たちに、いわゆる経済的な意味での“市場競争力”など求めていたら、その人たちが“競争力”を身に付ける前に、そんなことを要求する地上世界の存続が危うくなることだろう。
 私たちが今すべきことは、ただ、絶滅して行く生物種が、飢餓にあえぐ第三世界の人々が、明日の自分の姿であることを理解することだけだ。
 OSHOは教える。
「人の手は別々に見えてはいるが、ひとつの手がもうひとつを叩けば、両方がその痛みを感じるのだ」と。

 けれども、悲しいことだが、現実に今世紀末の人口問題が、そのような人間の意識的努力によって解決する姿を想像するのは難しい。
 二秒間にひとりの餓死者と、一五秒間にひとりのエイズ感染者(一九九二年現在)が発生している現状を思えば、私たちの世紀の人口問題を私たち人間が解けっしてゆく姿を想像するのは難しい。
 私たち人間の目覚めを待つには、事態は少し進みすぎているようだ。
 私たちの時代の人口問題は、現段階の人知とは少し違った、もっと根源的なバランスからの介入によって解決されるより仕方がないのかもしれない。