『21世紀への指導原理 OSHO』
砂漠化、近代農法の果実
食糧問題には、分配上の問題以外に、ここに至って急速に露出してきた地力の疲弊という側面がある。
いわゆる、地球の砂漠化と呼ばれる問題だ。
地球砂漠化の主原因が、いわば母なる大地を強姦し続けることによって成り立ってきた近代大規模農業そのものの結果であることに、私たちはいつ気がつくだろう。
現在の砂漠化の進行状況からする限り、あまり多くの時間は残されていない。
そのことが地球人類の常識になる日は思いの他に近いのかもしれない。また、そうでなくてはならない。
私たち人類が、あたかも作物を作っているのが大地ではなく自分たちででもあるかのように、何百年、何千年をかけて準備された地球の表土を思うさまに剥ぎ取り、引き裂き、膨大な農薬と肥料を注ぎ込んで、広大な地域に単一作物を作付けするアメリカ式農業を、「近代農業」という進んだ農業形態と誤解したのはそんなに昔のことではなかった。
けれどもそれは、産業革命を経験し工業の量産効果と大規模金融の絶対的権力を経験した後の産業家たちが構想した、工業的イメージの農業だった。
もともとの農耕民族が知っていた農業は、そういうものではなかった。もともとの農耕民族は、人間の命を繋ぐ作物が母なる大地の神(地母神)からの贈り物であることを知っていた。
作物を作るのは実は人間ではなく、大地であることを知っていたのだ。
何故なら、作物自体が人間の発明品ではなく、何時からとも決めがたいほどの昔から目の前にあった神からの贈り物であることの記憶が、もともとの農耕民族の末裔には残っていたからだ。
けれども、無限の優しさを秘めて人間のあらゆる略奪を受け入れた大地も、生き物(=神)であることを無視され、ひたすら暴力的に繁殖力を搾取され、感謝の代わりに農薬という名の毒物と肥料という名の薬物を大量に注ぎ込まれ続けるに到って、ついに疲弊し尽くし、人間に恵みを与える喜びを表現できなくなった姿が、いわゆる「砂漠化」と呼ばれる現象だった。
けれども、アメリカの産業家たちが構想した「近代農業」は全世界を席巻した。
食糧を戦略産業のひとつと位置づけた地上の権力は、世界中の後進地域に企業に有利な換金作物の単一種大規模作付けを強いた。また、途上国の権力者たちは、金にはなっても食糧にはならない換金作物を優先して植えつけ、連作して地力を衰えさせ、肥料と農薬漬けの農業で大地を疲弊させ、最後には繁殖力を失った大地を放棄して、新たな大地を収奪する。これが「砂漠化」といわれるプロセスの大ざっぱな物語だろう。
私たちは、眼前にあらゆるものを見せつけられている。もうこれ以上の必要はないくらいに多くのものを。
もう観客の役は充分にさせてもらったのだ。
舞台はすべて整った。
これからは私たちが舞台に上がって、その演技を見ていただく番だ。
私たちが、何を理解したのか。
私たちが、<意識>である尊厳を引き受けるつもりがあるかどうかを……。