2026-07-19
Vol.1159
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━━━━☆☆☆☆━━━━━━━━━━━━━━ by paritosho ━   ☆☆   ☆☆  ☆☆     ☆☆『アセンション館通信』2026/7/19(第1159号) ☆☆   ☆   ☆☆ ☆☆──────☆☆──────────────────── ☆☆     ☆★ 【気刊】──「私は在る」に導かれ♪──  ☆☆   ☆☆      https://www.ascensionkan.com/mm/ ━━☆☆☆☆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ◇◇このメルマガの趣旨◇◇ アセンション館主人pariとの一体化が緩んできた意識に 相変わらず起こりつづけている想念を報告しています。  あなたは気づきです。あなたが気づきなのだから、  それを得たり、培ったりする必要はありません。  あなたがしなければならないことは、真我でない他の物事に  注意を払うのをやめることだけです。(Ramana Maharshi) 内容は人畜無害、でも読む人は相当変わってますね。 ────────────────── ◇◇もくじ◇◇ 1.絶対的善(「静寂」48) 2.編集後記 ────────────────── ━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■1.絶対的善(「静寂」48) ━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ただ本当の自分を認めるだけ、 「現れるがまま」の幻影の自分ではなく、 たったいま唯一実在している 「在るがまま」の本当の自分を認め、 それであることが必要なだけ。 さて、またまた一週間が過ぎて、 “アセンション噺”と “「私は在る」噺”を紡ぐ今がきました。 『アセンション館通信』配達人のpariです。 この永遠の<今>を いかがお過ごしでしょうか? ロバート・アダムスのサットサンの エッセンスが編纂された本『ハートの静寂』の 「11章 放棄」という章からの写経を つづけたいと思います。 今回はそのなかの 「*絶対的善」という一節をご紹介します。 この一節では、pariの気分ですが、 「現実」と訳された言葉に 「実在」という訳語を充てることにします。 (相変わらず  常識の範囲を超えた長すぎる引用ですが、  これが本書の出版に関われた方々の  ご迷惑になる無断引用ではなく、  本書の販促に貢献する  無料宣伝となることを願っています。(-||-) ) ──────────────────      *絶対的善      あなたの本質は、絶対的善、  パラブラフマン、絶対的実在です。  あなたは真我であり、  あらゆるところに浸透する真我です。  だったら、  あなたは何を恐れることが  できるというのでしょうか?  誰があなたに何をすることが  できるというのでしょうか?  あなたは自由です。  あなたは全体です。  あなたは完全です。  そして、唯一のあなたしかいません。  あなたと私は  一度も存在していたことがありませんでした。  唯一の一なるものだけがあります。  その唯一の一なるものが絶対的実在であり、  あなたがその唯一の一なるものです。  あなたは至福の肉体です。  目覚めてください。  あなたにこういったすべての  愚かしいことをするように頼む、  すべての感情を取り除いてください。  目覚めて、  自由になってください。  自分の人生をシンプルにしてください。    恐れをもたないでください。  恐れとは、  あなたが執着しているものの別名で、  それがあなたを引き止めます。  自分には考えるべき重要なことがある、  とけっして信じないでください。  すべての物事は重要ではありません。  あなたが何を考えていても、  それは重要ではありません。  あなたが何かを考えなければならないかぎり、  それは重要ではありません。  でも、あなたは自分自身に言います。  「考えることなく、私はどうやって   機能することができるのだろうか?」と。  自分が言ったことを考えてください。  「考えることなく、   『私』はどうやって機能することが   できるのだろうか?」  あなたではなく、  「私」です。  あなたが本当に言っていることは、  考えることなく、  「私」はどうやって  機能することができるのだろうか?  ということです。  あなたが言及しているのはどの「私」でしょうか?  エゴの私は  存在するために考えなければなりませんが、  「私は在る」意識は自ら存在しています。  考えるべきことは何もありません。  ですから、  あなたが何かについて考えているときは、  「私−小意識」、  いわゆる「私−エゴ」が考えているのだ  ということを理解してください。    もしあなたが「私−エゴ」を超えて、  「私−大意識」に戻るなら、  あなたの思考は止まります。  思考はまったくなくなることでしょう。  再び言えば、  実在には考えるべきことがあるでしょうか?  実在は実在です。  それはあらゆるところに浸透する遍在です。  実在が考える余地や空間はありません。  実在は実在自身を知っているパワーです。  それ自身を知っているパワーが意識、  絶対的実在です。  それはそれ自身だけを知り、  他の何も知ることができません。  なぜなら、  他の何も真我を離れて存在しないからです。  絶対的実在の中にはどんな二元性もありませせん。  二元性はただ人間のレベルだけに存在します。  それは見かけだけで、  真実でも実在でもありません。  あなたはこのことを自分に言うことができます。    『ハートの静寂』(p231-232)  https://tinyurl.com/4b5dsnb4 ────────────────── 要するに、 自分しかいないわけです。 その自分はどんな理由もないのに ときどき自分が存在していることを 思い出すらしい。 「私は在る」……。 「どうして思い出すのか?」なんて聞いたって、 そんなことに答えられる誰もいません。 どんな質問も、 その質問に対して与えられるどんな答えも、 自分が存在していることを思い出してからの 「現れるがまま」のなかでの ただの出任せの想像でしかないからです。 夢は一瞬で多次元宇宙という 大伽藍を引き連れて立ち上がります。 その想像の大伽藍の中では どんな疑問が立ち上がっても、 即座にそれに呼応する出任せの答えが浮上します。 まるでその業務を担当している シナリオライターAIが存在するかのように。 そこで紡ぎ出された記号や絵や思考の数々は たちまち既成のデータベースとなって 後々の参照意図に供されます。 この「現れるがまま」の いわゆる“現実世界”の状況と何も変わりません。 というか、 いわゆるこのわれらが“現実世界”そのものが その夢の大伽藍なのですから。 この出任せの想像から紡ぎ出された夢の大伽藍は、 途方もない一大演芸場となって 興奮に次ぐ興奮を演出することには長けています。 しかし元は根も葉もないただの出任せですから、 その一大演芸場のなかでどんなに探しても そこからの出口など見つかりません。 もしその一大演芸場にそんな出口があったら そこから空気が抜けて夢の大伽藍そのものが 消失してしまったことでしょう。 なのでこの一大演芸場は いたずらなつかの間の興奮は提供できても そこで安らぎそのものを求めるのは無理です。 本当の安らぎは、 この「現れるがまま」の現象世界が 実際は火のないところに煙を立てた ただの偽りの想像でしかないことを見抜き、 それに興味を失うことの中にしかありません。 「現れるがまま」の現象世界はすべて、 何かを何かと区別する、 偽りの分離の上に想像された幻影です。 現れはすべて間違った想像。 実際に存在しているのは 絶対の主体性として けっして認識の対象物にはなり得ない 純粋な気づきだけだけです。 それは自分が存在していることを 知っているパワーです。 しかしその実在するパワーは 存在はしていても、 「何か」には成りえません。 「何か」がありうるためには 「何か」以外のものが なければはならないからです。 「私は在る」とは 真実と偽りの境目にある扉です。 「私は在る」と気づく前にある <純粋な気づき>は、 自分が存在することを知りません。 それは深い眠りの中の至福です。 しかしそれは無意識の至福であり、 目覚めることへの“免疫”をもちません。 その無意識の至福は、 目覚めて「私は在る」と知った途端に、 自分が「誰か」だと告げられて たちまちそれを信じ、 その何かである幻影に囚えられてしまう。 この「現れるがまま」の 一代幻影演芸場の中で何かに成るとは、 偽りの大伽藍の中の“何か”と一体化し、 その“何か”が置かれた状況を引き受けて 経験という幻影のなかで一喜一憂することです。 要するに、経験を苦しむことなのです。 そこには善と悪があり、 上と下があり、成功と失敗があり、 快楽と苦痛があります。 しかし、そこにはそれしかありません。 そこには真実の安らぎはありません。 そして残念ながらそこには出口がない。 そこからの出口は それを求めるあなたの中にしかないからです。 あなたは「現れるがまま」の幻影の中に 出口を求めるのではなく、 この「現れるがまま」の幻影の中に入る以前の “何か”であることを引き受ける以前の自分に、 「私は在る」と気づく以前の自分に 戻らなければならないのです。 あなたは「在るがまま」の自分を 知らなければなりません。 ただの初心(うぶ)で幼い赤子であってはいけません。 「現れるがまま」の幻影のただ中にいて、 それがただの幻影であることに 気づいていなければならない。 熟睡の中にいるあなたは至福です。 しかしそのあなたは 自分が至福であることに気づいていません。 いくら自分が宝をもっていても、 それが宝であることに気づいていなければ、 その宝は奪われるしかありません。 もちろん、実際に奪われるわけではありません。 あなたはその宝を失うことができません。 その宝はあなた自身なのですから。 でも、あなたはそれが宝であることに 気づいていないのです。 ならば、 それが宝であることに気づくために、 いちど幻影のなかで奪われるほかないのです。 あなたは途方もないパワーの持ち主です。 しかしその途方もないパワーは 何か他のものと比べて途方もないわけではありません。 なぜなら、 実際はあなたしかいないわけですし、 あなたはあなた以外を知ることができないのですから。 それでも、 自分が存在することに気づいた以上、 あなたは自分がどれほどすばららしい存在なのかを 知る必要があるのです。 なぜなら、 自ら自分の途方もないすばらしさを知らなければ、 あなたは早晩、 あなた自身の途方もないパワーのなかで 迷子になってしまうしかないからです。 そしてあなた自身のパワーが 誤用されたがゆえに現れた幻術のなかで あなたは苦しむようなことにも成りかねません。 そして自分を苦しめる誰かを恨み、 ますます深みにハマってしまうことにも 成りかねないのです。 「現れるがまま」の幻影世界は それ自体の中にそれを終わらせる仕組みをもちません。 「現れるがまま」の幻影世界は 欲望と執着という 形態への誤った一体化から来る感情をエネルギー源とする 感情の自給自足体系だからです。 それは自分以外の誰かが存在するという 誤解を前提とした間違った想像に基づく世界です。 しばらくの興奮を味わうにはいいかもしれません。 しかし、いつまでも遊んでいては 自分への戻り方すら忘れてしまいます。 自分の本質が絶対的善であり、 あなたこそがパラブラフマンであり、 絶対的実在であることを思い出してください。 あなたこそがあらゆるところに浸透する真我であり、 あなた以外には何ひとつ存在していないことを。 あなたしかいないというのに、 何を恐れることができるというのでしょうか? あなたは自由です。 あなたは全体です。 あなたは完全です。 あなたと私は一度も存在していたことがありません。 唯一の一なるものが絶対的実在であり、 あなたがその唯一の一なるものです。 あなたは至福の肉体です。 目覚めてください。 あなたにこういったすべての 愚かしいことをするように頼む、 すべての感情を取り除いてください。 目覚めて、 自由になってください。 自分の人生をシンプルにしてください。 何を考えるというのでしょうか? 実在には考えるべきことがあるでしょうか? 実在は実在です。 それはあらゆるところに浸透する遍在です。 実在が考える余地や空間はありません。 実在は実在自身を知っているパワーです。 それ自身を知っているパワーが意識、 絶対的実在です。 それはそれ自身だけを知り、 他の何も知ることができません。 なぜなら、 他の何も真我を離れて存在しないからです。 絶対的実在の中にはどんな二元性もありませせん。 二元性はただ人間のレベルだけに存在します。 それは見かけだけで、 真実でも実在でもありません。 いまこの瞬間に、 あなたはこのことを自分に言うことができます。 (-||-) ──────────────────  あなたは在る。  ほかのすべては現れにすぎない。    『私は在る』(p421) ────────────────── (-||-) ──────────────────  永久的なもの、  それはあなた自身の存在である。  真我として在りなさい。  それが至福である。  あなたはいつもそれなのである。  『あるがままに』(p58) ────────────────── ……。(-_-) ありがとうございました。<(__)> (-||-) 今日はこんなところで。 ……。 m(__)m   ………○…………○…………○……… 「ニサルガ辞書」はここです。 https://www.ascensionkan.com/ndic/ 「ラマナ・マハルシ辞書」はここです。 https://www.ascensionkan.com/rdic/ おこがましくも『アセ通』既刊号は すべてここに置いてあります。 https://www.ascensionkan.com/mm/   ………○…………○…………○……… キンドル本の 『地球世界はかなり特殊』(1)地球の常識は外宇宙の非常識 https://tinyurl.com/yzemhvs3 手にとっていただけました?(^^;) 読み物として面白ければと思っています。   ………○…………○…………○……… ━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■2.編集後記: ━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 「在るがまま」の自分に感謝します。(-||-) お休みなさい。 (-||-) ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■ 【作者】『アセンション資料館』主人pari ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━   メール: pariアットマークjk2.so-net.ne.jp ────────────────── mag2:http://www.mag2.com/m/0000126287.html ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ Copyleft(C)2026 paritosho ──────────────────
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