2026-08-30
Vol.1165
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━━━━☆☆☆☆━━━━━━━━━━━━━━ by paritosho ━   ☆☆   ☆☆  ☆☆     ☆☆『アセンション館通信』2026/8/30(第1165号) ☆☆   ☆   ☆☆ ☆☆──────☆☆──────────────────── ☆☆     ☆★ 【気刊】──「私は在る」に導かれ♪──  ☆☆   ☆☆      https://www.ascensionkan.com/mm/ ━━☆☆☆☆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ◇◇このメルマガの趣旨◇◇ アセンション館主人pariとの一体化が緩んできた意識に 相変わらず起こりつづけている想念を報告しています。  あなたは気づきです。あなたが気づきなのだから、  それを得たり、培ったりする必要はありません。  あなたがしなければならないことは、真我でない他の物事に  注意を払うのをやめることだけです。(Ramana Maharshi) 内容は人畜無害、でも読む人は相当変わってますね。 ────────────────── ◇◇もくじ◇◇ 1.純粋な気づき(「静寂」50) 2.編集後記 ────────────────── ━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■1.純粋な気づき(「静寂」50) ━━━━━━━━━━━━━━━━━━ さて、またまた一週間が過ぎて、 “アセンション噺”と “「私は在る」噺”を紡ぐ今がきました。 『アセンション館通信』配達人のpariです。 この永遠の<今>を いかがお過ごしでしょうか? ロバート・アダムスの『ハートの静寂』に 彼が唯一本当に存在しているもの、 として語っているのが「4章 意識」です。 つまり、彼の言葉を信頼するなら すべては「意識」だというわけです。 今日はこの章からその一部をご紹介します。 (相変わらず  常識の範囲を超えた長すぎる引用ですが、  これが本書の出版に関われた方々の  ご迷惑になる無断引用ではなく、  本書の販促に貢献する  無料宣伝となることを願っています。(-||-) ) 「4章 意識」は、こんなふうに始まります。 ──────────────────    4章 意識        意識とは、一つの物ではありません。  あなたはそれを描写することはできません。  それは世界と正反対のものではありません。  そして、それは一つの対象物ではありません。  それを見る人は誰もいません。    意識とは、存在することを言い換えたものです。  何の存在でしょうか?  何もない存在です。    『ハートの静寂』(p045)  https://tinyurl.com/4b5dsnb4 ────────────────── これはもう、 何も言えませんね。(*^_^*) > 意識とは、一つの物ではありません。 まず、意識というのは「もの」ではない、と。 「もの」ではないので、 その形を見たり、 その音を聞いたりはできないわけです。 つまり、 知覚の対象物にはならないということでしょう。 > あなたはそれを描写することはできません。 対象物として捉えることはできないのですから、 もちろん、描写もできないわけです。 では、意識というのは現象世界とは まるで関係ないのかと言うと、 そういうわけでもなさそうです。 > それは世界と正反対のものではありません。 それは「世界と正反対のもの」 というわけでもないらしい。(?_?) でも、それ自体は対象物にはならない。 つまり > それを見る人は誰もいません。 というわけです。 > 意識とは、存在することを言い換えたものです。 なんと!? 「意識」という言葉は、 「存在する」ということの言い換え表現だそうです。 すると「意識」が「存在する」と言えば、 それは、 「存在」が「存在する」と言うのと同じこと!? > 何の存在でしょうか? いったい、「何」が存在するんですか?(?_?) > 何もない存在です。 アチャー。(>_<) 「意識」は「存在する」。 しかしそれは「何もない」ものだ、と。 ナンノコッチャ。 (*^_^*) そう言ってから、ロバート・アダムスは こんなことをいいます。 ──────────────────      *あらゆるものは意識です   意識は愛、至福です    あらゆることが意識です──あらゆることです。    ……    私は意識とは何であるのかを知りませんが、  私は「それ」です。  もし私が意識とは何かを知っているとしたら、  私が知っていることは意識ではないでしょう。  なぜならそのとき、  私は言葉を声に出して言っていることになり、  その言葉は、  まさに言葉を声に出すことによって  制限されるからです。  ですから、意識とはどんな物でもありません。  それは、あなたがピンで留めたり、  描写できたりするものではありません。  それは、    『ハートの静寂』(p046) ────────────────── 理屈ではとうてい理解できそうもありませんが、 どうやら、「意識」というのは あらゆる制限を受け付けないもののようです。 「意識」とはこういうもの、 というふうな定義は受け付けない。 何を言っても それは制限にしかなり得ませんから。 そして、 ここにとてもロバート・アダムスらしい 表現が加わります。 ──────────────────  意識とは「静寂」です。  私は、  意識は絶対的現実だと言うときもありますが、  それはさらなる言葉であり、  今度私は、  絶対的現実とは何かを説明しなければなりません。  意識とは、  究極の一つであること、純粋な知性です。  意識はこれら全部です。  しかし、これらの物事とは何でしょうか?  再び言えば、それらは単なる言葉です。    ときには私は、  意識は愛、至福、  サット-チット-アーナンダ(存在-意識-至福)、  知識、存在、実存だと言います。  これらもまた言葉にすぎません。  そして、  あなたはこの言葉からいい感情を得ますが、  それらの感情は長続きしません。  なぜなら、  あなたはその言葉を消化していないからです。  あなたはまだ意識の生きた具現となってはいません。    『ハートの静寂』(p049) ────────────────── > 意識とは「静寂」です。 ということですから、 「意識」は何も主張しないようです。 ひたすら静まり返っている。 何も主張しないにもかかわらす、 それは絶対的に存在しているものであり、 究極のユニシティ(一体性)であり 純粋な知性でもあるようです。 > ときには私は、 > 意識は愛、至福、 > サット-チット-アーナンダ(存在-意識-至福)、 > 知識、存在、実存だと言います。 唯一絶対に存在しているものは 存在とも言えるし、 愛とも言えるし、 知識とも言えるし、 至福とも言える。 そして、 その「意識」しか存在しないわけですから、 われわれは「それ」であるわけです。 ただ、言葉でそう聞かされて 一瞬いい気持になっても、 その気分は長続きはしないわけです。 なぜなら、 自分でその言葉を消化していないから。 ──────────────────  勇気をもってください。  これ以上恐れないでください。  何もあなたを傷つけることはできません。  この世の中で、  実際にあなたに対して何かできるものは  何一つありません。  あなたは自由なのです!  あなたはすべての存在の実体です。  あらゆることは意識上のイメージです。  全宇宙、すべての惑星、  すべての銀河は意識上のイメージです。  そして、あなたがその意識なのです。  自分の真我を知って、  自由になってください!    世界に平和をもたらす唯一の方法があります。  自分自身に平和をもたらす唯一の方法があります。  問題を克服する唯一の方法があります。  自分自身を発見する唯一の方法があります。  その方法とは、  あらゆることが意識であることを理解することです。    私が言うことは、  何を意味しているのでしょうか?  たとえば、この部屋の中の  あらゆるものを例にとってください──  ガラス、ランプ、椅子、長椅子、絨毯、蛍光灯、  そして、あなたの肉体があります。  でも、それらは現実ではなく、  意識なのです。  私は、意識がこれらを生み出した、  最初に意識があり、  これらが意識から出て来た、  と言っているのではありません。  反対に、  私が言っていることは、  起こるように見えること、  あなたが耳で聞くこと、  口で味わうこと、  手で感じることが意識だ、  ということです。    『ハートの静寂』(p048) ────────────────── > あらゆることは意識上のイメージです。 あらゆるもの、 あらゆる事柄、 あらゆる意味は、 意識上のイメージです。 > 全宇宙、すべての惑星、 > すべての銀河は意識上のイメージです。 > そして、あなたがその意識なのです。 > 自分の真我を知って、 > 自由になってください! 草の葉から、全銀河まで あらゆる現れは意識上のイメージです。 そして、 われわれがその意識だというのです。 > 世界に平和をもたらす唯一の方法があります。 > 自分自身に平和をもたらす唯一の方法があります。 > 問題を克服する唯一の方法があります。 > 自分自身を発見する唯一の方法があります。 > その方法とは、 > あらゆることが意識であることを理解することです。 【あらゆることが意識であることを理解する】 あらゆるもの、 あらゆる出来事、 あらゆる解釈、 あらゆる意味づけ、 あらゆる感情は、 意識上のイメージ、 われわれがそれである「意識」が 気づいているイメージだというのです。 われわれは そのイメージを映し出している鏡なのだ、と。 ──────────────────    *あなたはそう見える外見ではありません   至福があなたの本質です      意識と呼ばれる存在の実体があります。  この意識に対する別の名前は至福です。  それはすべてに行き渡っています。  あなたがそれと融合するとき、  それはあなたになります。  それがあなたの本質です。  それは自己充足しています。  世界、宇宙は、  そこから出て来たのではありません。  繰り返しましょう。  世界は意識の変形であり、  私たちは意識へ戻らねばならない  という教えがあります。  しかし、  戻るところはどこにもありません。  意識は純粋な気づきです。  それは、  絶対的現実としての自分自身に気づいています。  世界は鏡に映るイメージのようなものです。  そのイメージはどこから来るのでしょうか?  どこからも来ていません。  なぜなら、  それは本当には存在していないからです。    『ハートの静寂』(p048-049) ────────────────── > 意識は純粋な気づきです。 「意識」とは 「純粋な気づき」のことだというのです。 では「純粋な気づき」とは 何のことなのか? > それは、 > 絶対的現実としての自分自身に気づいています。 「純粋な気づき」とは 絶対的に存在しているのは自分だけだ ということを知っているということらしい。 > 世界は鏡に映るイメージのようなものです。 あらゆる現れは、 自分という鏡に映っている鏡像のようなもの。 > そのイメージはどこから来るのでしょうか? では、その鏡像はどこから来るのか? もし自分以外に何かが存在するのであれば、 自分が映し出しているその姿は その自分以外に存在している 何者かの反映ということになるかもしれない。 しかし、 「純粋な気づき」は 唯一自分だけが絶対的に 存在していることに気づいている。 実際は、 「純粋な気づき」である自分以外は 何ひとつ存在していないことに気づいている。 だから自分が映し出しているその鏡像は どこからも来ていないことを知っている。 なぜなら、 それは本当には存在していないから。 なぜそれは存在していないと言えるのか? なぜなら、 存在しているのは 純粋な気づきである自分だけだから。 純粋な気づきである自分以外には 何ひとつ存在していないから。 自分は絶対的に存在している。 なぜなら、 自分は自分が存在していることに 自分で気づいているから。 自分が存在していることを 自分は他の誰に保証してもらう必要もない。 またたとえ他の誰かが 自分の存在を保証してくれたところで、 その“他の誰か”自体、 たんに自分の想像でしかないのだから。 またたとえ 自分が自分の存在を疑ったとしても、 その疑い自体が自分の存在を逆に証明しているから。 自分は存在している。 純粋な気づきとして。 それは疑いようもなく絶対的に存在している。 自分で自分が存在することに気づいているから。 しかし、 自分は何かとして存在しているわけではない。 何かは、すべて、 自分の間違った想像でしかないから。 それは実際は存在していない。 ただ間違った想像ゆえに姿を現し、 純粋な気づきである自分に照らし出されただけ。 なぜなら、 見かけとして現れたどんなものも、 純粋な気づきである自分に気づかれて、 自分に映し出されることによって 現れているだけだから。 (-||-) ──────────────────  あなたは在る。  ほかのすべては現れにすぎない。    『私は在る』(p421) ────────────────── (-||-) ──────────────────  永久的なもの、  それはあなた自身の存在である。  真我として在りなさい。  それが至福である。  あなたはいつもそれなのである。  『あるがままに』(p58) ────────────────── ……。(-_-) ありがとうございました。<(__)> (-||-) 今日はこんなところで。 ……。 m(__)m   ………○…………○…………○……… 「ニサルガ辞書」はここです。 https://www.ascensionkan.com/ndic/ 「ラマナ・マハルシ辞書」はここです。 https://www.ascensionkan.com/rdic/ おこがましくも『アセ通』既刊号は すべてここに置いてあります。 https://www.ascensionkan.com/mm/   ………○…………○…………○……… キンドル本の 『地球世界はかなり特殊』(1)地球の常識は外宇宙の非常識 https://tinyurl.com/yzemhvs3 手にとっていただけました?(^^;) 読み物として面白ければと思っています。   ………○…………○…………○……… ━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■2.編集後記: ━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 「私は在る」 しかし、 何かとして在るわけではない。 「私は『私は在る』である」。 「在るがまま」に感謝します。(-||-) お休みなさい。 (-||-) ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■ 【作者】『アセンション資料館』主人pari ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━   メール: pariアットマークjk2.so-net.ne.jp ────────────────── mag2:http://www.mag2.com/m/0000126287.html ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ Copyleft(C)2026 paritosho ──────────────────
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