━━━━☆☆☆☆━━━━━━━━━━━━━━ by paritosho ━
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☆☆ ☆☆『アセンション館通信』2026/5/10(第1151号)
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☆☆ ☆★ 【気刊】──「私は在る」に導かれ♪──
☆☆ ☆☆ https://www.ascensionkan.com/mm/
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◇◇このメルマガの趣旨◇◇
アセンション館主人pariとの一体化が緩んできた意識に
相変わらず起こりつづけている想念を報告しています。
あなたは気づきです。あなたが気づきなのだから、
それを得たり、培ったりする必要はありません。
あなたがしなければならないことは、真我でない他の物事に
注意を払うのをやめることだけです。(Ramana Maharshi)
内容は人畜無害、でも読む人は相当変わってますね。
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◇◇もくじ◇◇
1.世界は改善できない(「静寂」40)
2.編集後記
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■1.世界は改善できない(「静寂」40)
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さて、またまた一週間が過ぎて、
“アセンション噺”と
“「私は在る」噺”を紡ぐ今がきました。
『アセンション館通信』配達人のpariです。
この永遠の<今>を
いかがお過ごしでしょうか?
ロバート・アダムスのサットサンの
エッセンスが編纂された本『ハートの静寂』の
「11章 放棄」という章からの写経を
つづけたいと思います。
(相変わらず
常識の範囲を超えた長すぎる引用ですが、
これが本書の出版に関われた方々の
ご迷惑になる無断引用ではなく、
本書の販促に貢献する
無料宣伝となることを願っています。(-||-) )
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さて、
あなたはどこから来ているのでしょうか?
朝、目覚めたとき、
あなたは何を見ますか?
自分の人生が自分の思いどおりにいかないことを、
心配していませんか?
どこか遠くへ先生を探しに行かなければいけない、
と思っていませんか?
その先生はあなたに
必要なものを与えてくれることでしょう。
あなたを啓発し、
幸福にしてくれる特別な本や、
あなたが取り組むことができる
何かを与えてくれることでしょう。
すると、あなたは平和になり、リラックスし、
しばらくその状態は続きます。
でも、どれも長続きはしません。
続くのはほんのしばらく、
数瞬、数日、数ヶ月、数年くらいです。
そして、
あなたはまた元の状態に戻ります。
なぜなら、
マインドはけっして破壊されていなかったからです。
あなたの仕事はこういった物事を
考えるマインドを破壊することです。
そのために、
あなたはここにいるのです。
エゴを完全に破壊するために。
それが、あなたが自由になる、
完全に自由になる唯一の方法、
たった一つの方法です。
私があなたに話しているこれらの知恵を考え、
私の言っていることが
当たっているかどうかを見てください。
『ハートの静寂』(p227-228)
https://tinyurl.com/4b5dsnb4
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われわれはこれまで、
どれほどのあいだこういう時間幻想のなかでの
いわゆる“探求”をつづけてきたことでしょうか?
pariなどはまさに今の今まで
マインドの中で何かを探し求めている状態が
終わってはいないのです。
なにしろ、こうしていまだに
思考が起こり続けているのですから。(*-_-*)
そしてたしかに、
一瞬新たな先生の本を見つけて感心すれば、
またまた新たな課題に取り組んでは
心の安らぎを見つけて、平和になり、
リラックスすることが起こったりもします。
でも、たとえしばらくその状態は続いたとしても、
それはいずれにせよ長続きはしません。
続くのはほんのしばらく、
せいぜい数日、数ヶ月、数年くらいです。
そしてまた元の状態に戻って、
キョロキョロとまわりを見回し
新たな何かを探し求めていたりするわけです。
要するに、
新たな何かを探し求めるマインドは
けっして破壊されていなかったというわけです。
状況を改善することによって
事態が根本的に解決することなどありえません。
禅の「南嶽磨甎(なんがくません)」の逸話が
思い出されます。
馬祖道一の修行中のこと、
彼が南嶽懐譲の庵の近くで毎日坐禅をしていると、
南嶽懐譲が近づいてきて
「なぜ坐禅をするのか?」と尋ねたというのです。
馬祖が「悟って仏になるためです」と答えると、
南嶽懐譲はその隣で瓦を石で磨き始めます。
馬祖「何を磨いているのですか?」
南嶽「瓦を磨いて鏡にしようとしている」
馬祖「瓦を磨いても鏡にはなりません」
南嶽「それなら、坐禅をして仏になれるのか?」
と反問したというわけです。
「お前は、坐禅をすればその身体が悟って
真我を実現できるとでも思っていたのか?
というわけなのでしょう。
真我はすでに実現している。
無選択・無努力の「純粋な気づきは」は
たった今すでに実現している現状であって、
実際は、
その真我以外には何ひとつ存在していない。
身体も世界も含めたあらゆる「現れるがまま」は、
「在るがまま」の表面に一瞬覆いかぶさった
想念にすぎない。
その「現れるがまま」が実際は存在していないことを
自分で体験的に確認しなさい、
ということなのでしょう。
要するに、
われわれの仕事はこういった物事を、
つまりは、
考えるマインドを破壊することだと
ロバート・アダムスは言うわけです。
われわれはまさに、そのために、
エゴを完全に破壊するためにここにいるのだと。
人生という体験にそれ以外の自由は含まれていない。
身体が誕生して以来、
その身体が通過することになっているすべての体験は、
その身体が担っているカルマと
人知をはるかに超えた超超高性能AIによって、
つまりは神によって
完璧に計画され、運用されている。
そこにわれわれ(エゴ)が貢献できる
余地など存在しない。
人生が提供するあらゆる瞬間の状況のなかで
ただ内側に向かって
マインドが存在しないことを確認することだけが
われわれが自由になるための
完全に自由になるための唯一の方法、
たった一つの方法なのだと
ロバート・アダムスは言うわけです。
胸に手を当てて、
それが当たっているかどうかを見てほしい、と。
──────────────────
あらゆる教えはマインドのものです。
あなたが追いかけているあらゆる先生、
彼または彼女があなたに与えるあらゆる教えは、
マインドからのものです。
ただマインドからのものなのです。
でも、マインドがなければ、
あなたは探すべきものがありません。
マインドは探し、見たがります。
もしマインドがなければ、
眺めるべき、見るべき、
誰が残されているでしょうか?
ですから人生は、求めることと、
求める対象とともに展開していくのです。
こうやって私たちは対象物を見て、
それらと一体化させられるのです。
私は見る人と対象物の
両方を超越するように言います。
この対象物は誰のところへ来ているのかと
問うことによって。
誰がこの対象物を見ているのか?
この源泉は何か?
あなたはこういった質問を
一日中繰り返さなければなりません。
私のみじめさの源泉とは何か?
私の幸福の源泉とは何か?
あなたのマインドは
批判的になろうとしていませんか?
その自分自身に気づいて、尋ねてください。
「これは誰に来ているのだろうか?
この批判は誰のところに来ているのだろうか?
それは私のところへ向かってる。
私はこれを考える。
でも、私は本当に
これを考えているこの『私』だろうか?
私は一人の『私』だろうか?
私はどこから来ているのか?
私とは何か?
この思考する者とは何か?」
そして、それを超えてください。
自分のマインドにやって来る
すべてを超え続けてください。
すべての答えを超えてください。
あなたが完全な平和に残されるまで。
もはや答えがなくなるとき、
あなたは完全に自由で、平和です。
あなたが答えを探しているかぎり、
平和や幸福を経験できません。
常に覚えておくべきことことは、
たとえあなたが世界をよりよい場所に
しようと努力しているとしても、
世界は改善するためのものではない、
ということです。
あなたは世界を改善できません。
それは数日間、数ヶ月、数年しか続きません。
この世界は、
改善するためのものではまったくありません。
それは、
マインドの中で取り除くための世界です。
『ハートの静寂』(p228-229)
──────────────────
ロバート・アダムスは、
【あらゆる教えはマインドのものです】
と言います。
これは痛烈ですね。
> あなたが追いかけているあらゆる先生、
> 彼または彼女があなたに与えるあらゆる教えは、
> マインドからのものです。
> ただマインドからのものなのです。
なんともはや。(@_@) ⌒★?
しかし、
言われてみれば、
これは本当だとしか思えない。(-_-;)
つまり、
そもそも思考が現れて何かを探し求めなかったら、
どんな教えも、どんな先生も
もともと必要ないわけです。
われわれは知りたがり屋ですよね。
そしてpariなどは
見事なまでに信じたがり屋でもありました。
けっきょくのところ、
人生は、求めることと、
求める対象とともに展開していくわけです。
そういう具合なので
われわれは対象物を見ては、
いともやすやすとそれらと一体化させられる。
だからこそ
ロバート・アダムスは
見る人と対象物の両方を超越するように
と言うわけです。
「この対象物は誰のところへ来ているのか?」
と問うことによって。
「誰がこの対象物を見ているのか?」
「この源泉は何か?」
「私のみじめさの源泉とは何か?」
「私の幸福の源泉とは何か?」
いつの間にか自分が
こういった質問を一日中繰り返しているような
状態を通過することが必要なのでしょう。
というのも、
放っておけばついつい
あらゆる状況においてわれわれのマインドは
批判的になろうとしはじめるからです。
そして批判的になることによって、
真の実在のパワーをその状況に与えて
たちまちその状況に絡め取られるからです。
だからこそ、その状況に気づくやいなや
その自分自身に気づいて、
尋ねることが必要なのです。
「これは誰に来ているのだろうか?
この批判は誰のところに来ているのだろうか?
それは私のところへ向かっている。
私はこれを考える。
でも、私は本当に
これを考えているこの『私』だろうか?
私は一人の『私』だろうか?
私はどこから来ているのか?
私とは何か?
この思考する者とは何か?」
と。
そして、
自分のマインドにやって来る
あらゆる知ったかぶりの回答や見解を
超え続けるようにと誘います。
われわれがすべての答えを超えて、
完全な平和に残されるまで。
そして、もはや答えがなくなったら、
そのときわれわれは完全に自由で、
平和なのだと。
そして答えを探しているかぎり、
われわれは平和や幸福を経験できないのだと。
そしてここでロバート・アダムスは、
他では聞いたことがないような
あるきわめてわかりやすい言葉を吐露します。
常に覚えておくべきことことは、
たとえわれわれが世界をより良い場所に
しようと努力しているとしても、
世界は改善するためのものではない、
と言うのです。
【あなたは世界を改善できません】
と。
それは数日間、数ヶ月、数年しか続かない。
この世界は、
改善するためのものではまったくない。
それは、
【マインドの中で取り除くための世界です】
と。(*_*) ⌒★?
なんとわかりやすい。
──────────────────
世界はマインドの中で始まります。
いつか世界がよりよい場所になったら、
自分は幸福だろうと考えないでください。
それはけっして起こらないことです。
時の始まりから、
人類はこの世界を改善しようとしてきましたが、
そういった努力は無駄でした。
物事はしばらくはよくなるように見えますが、
結局以前よりももっと悪くなります。
なぜでしょうか?
それは、
それがこの世界のあり方だからです*1。
この世界が生存していくためには、
摩擦が必要です。
もしこの世界に何の摩擦もなければ、
この世界は完全に分解してしまうことでしょう。
あなたはどんな世界も経験しないことでしょう。
それは善と悪、右と左、上と下、
前方と後方でできています。
ジェット機が飛ぶためには、
同じだけの力、
抵抗が押し返さなければなりません。
そうやって飛行機は飛ぶのです。
それは抵抗が必要なのです。
もし抵抗がなければ、
飛行機は飛ぶことができないでしょうし、
地面から離陸できないでしょう。
人生もそれと同じことです。
何かを達成するためには、
抵抗がなければならないのです。
このことについて考えてみてください。
あなたが人生で達成したいと望むすべてのことは、
それを達成するためには、
抵抗をもたなければならないのです。
もし抵抗がなければ、
達成することも何もないことでしょう。
『ハートの静寂』(p227-229)
──────────────────
ここでロバート・アダムスが語っていることは
理屈のようであって理屈ではありません。
じつに、
直感的に了解されてしまう言葉です。
熟睡の中に世界はありませんでした。
いわばそこには気づきのない覚醒がありました。
して朝の目覚めの中で
ハートから気づきの焦点が上昇していきます。
気づきの焦点が鼻を通り抜けて
頭までまで上り詰めると
マインドが活性化して、
そこで世界が誕生します。
世界はマインドの中で始まるわけです。
世界の中で個人として生き始めたわれわれは
なんとかそこでの状況を改善しようと努力します。
そしていつか世界がよりよい場所になったら、
自分は幸福になるだろうと考えるのです。
でも、
それはけっして起こらないことだと
ロバート・アダムスは言います。
時の始まりから、
人類はこの世界を改善しようとしてきたが、
そういった努力は無駄だった、と。
物事はしばらくは良くなるように見えても、
結局以前よりももっと悪くなると言うのです。
なぜか?
なぜなら、
この世界が生存していくためには、
摩擦が必要だからだ、と。
もしこの世界に何の摩擦もなければ、
この世界は完全に分解してしまうだろう、
と彼は言います。
それは、
別にロバート・アダムスにかぎらず、
あらゆるスピリチュアルリーダーたちも、
ミナミAアシュタールも含めて、
あらゆる宇宙エンティティも言うことです。
波動宇宙は永遠の変化としてのみ
存在しうるのだと。
現れが存在するためには、
「何か」として存在する以外になく、
「何か」が存在するためには、
その「何か」以外のものが存在しなければなりません。
それは善と悪、右と左、上と下、
前方と後方でできているわけです。
ここでロバート・アダムスの取り上げた
例として面白いのはジェット機の喩えです。
「ジェット機が飛ぶためには、
同じだけの力、
抵抗が押し返さなければなりません。
そうやって飛行機は飛ぶのです。
それは抵抗が必要なのです。
もし抵抗がなければ、
飛行機は飛ぶことができないでしょうし、
地面から離陸できないでしょう」
と。
そして彼は、
人生もそれと同じことだと言います。
【何かを達成するためには、
抵抗がなければならないのです】
このことは直感的に了解されます。
ロバート・アダムスは、
なぜこのような比喩を持ち出したのでしょうか?
彼はまずこう言います。
「あなたが人生で達成したいと望むすべてのことは、
それを達成するためには、
抵抗をもたなければならないのです」
なるほど。
さて、
ここからの彼の量子的跳躍を見てください。
【もし抵抗がなければ、
達成することも何もないことでしょう】
(*_*) ⌒★?
そういうことなのです。
(-||-)
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あなたは在る。
ほかのすべては現れにすぎない。
『私は在る』(p421)
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(-||-)
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永久的なもの、
それはあなた自身の存在である。
真我として在りなさい。
それが至福である。
あなたはいつもそれなのである。
『あるがままに』(p58)
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……。(-_-)
ありがとうございました。<(__)>
(-||-)
今日はこんなところで。
……。
m(__)m
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「ニサルガ辞書」はここです。
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「ラマナ・マハルシ辞書」はここです。
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おこがましくも『アセ通』既刊号は
すべてここに置いてあります。
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キンドル本の
『地球世界はかなり特殊』(1)地球の常識は外宇宙の非常識
https://tinyurl.com/yzemhvs3
手にとっていただけました?(^^;)
読み物として面白ければと思っています。
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■2.編集後記:
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【あなたは世界を改善できません】
誰かこの言葉を言ってくれる人が
必要でした。
【世界は改善できない】
このメッセージが届いたら
すべての幻想が破壊される日も
遠くはないと思われます。
世界は改善するためのものではなく、
ただそれと調和するためのものなのでしょう。
「在るがまま」の自分に感謝します。(-||-)
お休みなさい。
(-||-)
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■ 【作者】『アセンション資料館』主人pari
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メール: pariアットマークjk2.so-net.ne.jp
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