━━━━☆☆☆☆━━━━━━━━━━━━━━ by paritosho ━
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☆☆ ☆☆『アセンション館通信』2026/5/17(第1152号)
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☆☆ ☆★ 【気刊】──「私は在る」に導かれ♪──
☆☆ ☆☆ https://www.ascensionkan.com/mm/
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◇◇このメルマガの趣旨◇◇
アセンション館主人pariとの一体化が緩んできた意識に
相変わらず起こりつづけている想念を報告しています。
あなたは気づきです。あなたが気づきなのだから、
それを得たり、培ったりする必要はありません。
あなたがしなければならないことは、真我でない他の物事に
注意を払うのをやめることだけです。(Ramana Maharshi)
内容は人畜無害、でも読む人は相当変わってますね。
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◇◇もくじ◇◇
1.恐れとは執着(「静寂」41)
2.編集後記
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■1.恐れとは執着(「静寂」41)
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さて、またまた一週間が過ぎて、
“アセンション噺”と
“「私は在る」噺”を紡ぐ今がきました。
『アセンション館通信』配達人のpariです。
この永遠の<今>を
いかがお過ごしでしょうか?
ロバート・アダムスのサットサンの
エッセンスが編纂された本『ハートの静寂』の
「11章 放棄」という章からの写経を
つづけたいと思います。
(相変わらず
常識の範囲を超えた長すぎる引用ですが、
これが本書の出版に関われた方々の
ご迷惑になる無断引用ではなく、
本書の販促に貢献する
無料宣伝となることを願っています。(-||-) )
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*絶対的善
あなたの本質は、絶対的善、
パラブラフマン、絶対的現実です。
あなたは真我であり、
あらゆるところに浸透する真我です。
だったら、
あなたは何を恐れることが
できるというのでしょうか?
誰があなたに何をすることが
できるというのでしょうか?
あなたは自由です。
あなたは全体です。
あなたは完全です。
そして、唯一のあなたしかいません。
あなたと私は
一度も存在していたことがありませんでした。
唯一の一なるものだけがあります。
その唯一の一なるものが絶対的現実であり、
あなたがその唯一の一なるものです。
あなたは至福の肉体です。
目覚めてください。
あなたにこういったすべての
愚かしいことをするように頼む、
すべての感情を取り除いてください。
目覚めて、
自由になってください。
自分の人生をシンプルにしてください。
恐れをもたないでください。
恐れとは、
あなたが執着しているものの別名で、
それがあなたを引き止めます。
自分には考えるべき重要なことがある、
とけっして信じないでください。
すべての物事は重要ではありません。
あなたが何を考えていても、
それは重要ではありません。
あなたが何かを考えなければならないかぎり、
それは重要ではありません。
でも、あなたは自分自身に言います。
「考えることなく、私はどうやって
機能することができるのだろうか?」と。
自分が言ったことを考えてください。
「考えることなく、
『私』はどうやって機能することが
できるのだろうか?」
あなたではなく、
「私」です。
あなたが本当に言っていることは、
考えることなく、
「私」はどうやって
機能することができるのだろうか?
ということです。
あなたが言及しているのはどの「私」でしょうか?
エゴの私は
存在するために考えなければなりませんが、
「私は在る」意識は自ら存在しています。
考えるべきことは何もありません。
ですから、
あなたが何かについて考えているときは、
「私-小意識」、
いわゆる「私-エゴ」が考えているのだ
ということを理解してください。
もしあなたが「私-エゴ」を超えて、
「私-大意識」に戻るなら、
あなたの思考は止まります。
思考はまったくなくなることでしょう。
再び言えば、
現実には考えるべきことがあるでしょうか?
現実は現実です。
それはあらゆるところに浸透する遍在です。
現実が考える余地や空間はありません。
現実は現実自身を知っているパワーです。
それ自身を知っているパワーが意識、
絶対的現実です。
それはそれ自身だけを知り、
他の何も知ることができません。
なぜなら、
他の何も真我を離れて存在しないからです。
絶対的現実の中にはどんな二元性もありませせん。
二元性はただ人間のレベルだけに存在します。
それは見かけだけで、
真実でも現実でもありません。
あなたはこのことを自分に言うことができます。
『ハートの静寂』(p231-232)
https://tinyurl.com/4b5dsnb4
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ロバート・アダムスの『ハートの静寂』は
読めば読むほど味の深まる本ですが、
この「11章 放棄」という章もまた
ちょっと特別の章という気がします。
この章ではすべての内容が、
実際に実在しか存在しないのだから……という、
本書を読むわれわれの立場からすれば
ちょっと否定しがたい大前提に立って
すべての言葉が語られます。
われわれはそれを信じたい。
しかし現状はといえば、
それを信じることを拒否しているわけです。
でも一方では、
それを信じたいのも事実ですから、
その前提を大上段に振りかざして語られると
正面からそれを拒否する理由はない。
その微妙な心理的な隙間を
ロバート・アダムスのの言葉は
見事に突いてくるのです。
熟睡状態の中に
この世界は存在しないのですから、
現象宇宙は実際は思考の中にしか存在しない。
聖なる催眠に罹っている我々にも
かろうじてそれは理解できます。
現象宇宙はそれ自体で存在しているわけではない。
それ自体で存在しているのは
自らが存在することを知っている
唯一実在する真我のパワーです。
「私は在る」。
だとしたら、
すべてその前提の上で聴いてほしい。
そう言われて、
われわれにはそれを拒否する理由がありません。
この武装武装解除されたマインドの上に
ロバート・アダムスの言葉は降り注ぎます。
> あなたの本質は、絶対的善、
> パラブラフマン、絶対的現実です。
実際は唯一の絶対的実在しか存在していない。
> あなたは真我であり、
> あらゆるところに浸透する真我です。
> だったら、
> あなたは何を恐れることが
> できるというのでしょうか?
> 誰があなたに何をすることが
> できるというのでしょうか?
> あなたは自由です。
> あなたは全体です。
> あなたは完全です。
> そして、唯一のあなたしかいません。
実際はあなたしかいないのだから、
あなたがあなたに何をするというのか?
> あなたと私は
> 一度も存在していたことがありませんでした。
「あなた」とか「私」というものは、
間違った想像の中に一瞬現れる
偽りの幻影でしかない。
あなたはその偽りの幻影の中に現れる
一瞬の対象物と一体化して
新たな感情を創造してそれに囚われているだけ。
目覚めなさい。
あなたにこういったすべての
愚かしいことをするように頼む、
すべての感情を取り除きなさい。
目覚めて、
自由になりなさい。
自分の人生をシンプルにしなさい。
恐れをもたないで。
恐れとは、
あなたが執着しているもののを表す
もう一つの名前にすぎない。
いったん自分が創造した幻影に囚われると
あなたはそれに感情的に執着し、
その執着の中でさらにそれを失う恐れを創造する。
それがあなたを引き止める。
自分には考えるべき重要なことがあるなどと、
けっして信じてはいけない。
すべての物事はあなたの間違った想像であり
そこにどんな重要性もない。
あなたが何を考えていても、
それは重要ではない。
あなたが何かを考えなければならないかぎり、
それは重要ではない。
だが、あなたは自分に言うことだろう。
「考えなかったら、私はどうやって
生きることができるのだろうか?」と。
自分が言ったことを考えてみなさい。
「考えなかったら、
『私』はどうやって生きられるのか?」
そこで“生きている”のはあなたではなく、
「私」であることがわからないだろうか?
あなたが本当に言っていることは、
考えることなく、
「私」はどうやって生きられるというのか?
つまり、あなたが言っていることは
考えるからこそ
「私」が“生きて”いるということだ。
エゴの私は
存在するために考えなければなならない。
だが、
「私は在る」意識は自ら存在している。
考えるべきことなど何もない。
だから、
あなたが何かについて考えているときは、
「私-小意識」、
いわゆる「私-エゴ」が考えているのだ
ということを理解しなさい。
もしあなたが「私-エゴ」を超えて、
「私-大意識」に戻るなら、
あなたの思考は止まる。
思考はまったくなくなることだろう。
われわれという実在に
何か考えるべきことがあるだろうか?
実在はすでに実在している。
それはあらゆるところに浸透する遍在だ。
唯一それだけが存在している実在に
考える余地や空間は存在しない。
実在とは実在自身を知っているパワー。
それ自身を知っているパワーが意識、
絶対的実在なのだ。
それはそれ自身だけを知り、
他の何も知ることができない。
なぜなら、
他の何も真我を離れて存在しないからだ。
絶対的実在の中にはどんなどんな分離も存在せず、
どんな二元性も存在しない。
二元性はただ人間のレベルだけに存在する。
それは見かけだけで、
真実でも実在でもない。
いまのいま、
あなたはこのことを自分に言うことができる。
(-||-)
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あなたは在る。
ほかのすべては現れにすぎない。
『私は在る』(p421)
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(-||-)
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永久的なもの、
それはあなた自身の存在である。
真我として在りなさい。
それが至福である。
あなたはいつもそれなのである。
『あるがままに』(p58)
──────────────────
……。(-_-)
ありがとうございました。<(__)>
(-||-)
今日はこんなところで。
……。
m(__)m
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キンドル本の
『地球世界はかなり特殊』(1)地球の常識は外宇宙の非常識
https://tinyurl.com/yzemhvs3
手にとっていただけました?(^^;)
読み物として面白ければと思っています。
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■2.編集後記:
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恐れとは執着のこと。
何かを心配することが起こったら、
それは自分が何に囚われているのかを
教えてくれるメッセージ。
自分が何かを心配しているときは
必ず自分はそこで何かを掴んでいる。
それを手放すことなどできないと想像している。
それが見るもちっぽけなプライドだったり、
エゴの投影ロボットである身体の消滅だったり。
身体として誕生してからの夢の中では
起こることになっていることは
起こるしかない。
起こるらないことになっていることを
起こすことはできない。
何かを願うことが夢。
何もないものが何を願うことができようか。
ただ自らが存在していることを
知っているだけ。
「在るがまま」の自分に感謝します。(-||-)
お休みなさい。
(-||-)
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■ 【作者】『アセンション資料館』主人pari
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メール: pariアットマークjk2.so-net.ne.jp
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